還れぬ涙のクラリッサ

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 ***  “あの事件”が起きた翌日のことだった。私が駅の階段から転げ落ちて死んだのは。  ストレスを溜め込んで、半泣きになりながら喚いて酒を飲んだところまでは覚えている。しかし、その後はっと気づいた時には私は足を滑らせていて、階段を転げ落ちているところだったのだからどうにもならない。よほど悪酔いしてしまったらしい。最後に感じたのは、頭の激痛と、首の骨が砕ける凄まじい不快感。一気に目の前はブラックアウトし――気づいた時には、私はこの世界に転生していたのだった。  なんとも、ライトノベルのお約束的展開ではないか。  私は事故で死んで、ヨーロッパ風の異世界に転生したのである。まあ、モンスターがいたり魔法があったりなんて素敵なものではなく。階級社会と差別意識が根強い世界で、夢も希望もなくメイドとしてこき使われるというお粗末なものであったが。 「時間がないわ。少しでもお客様に恥ずかしくないようなものにしておかなくては。アビゲイル、ジャニス、レスリー。この間抜けを手伝っておあげなさい。ベテランとして、お手本を見せてあげるのよ、いいわね」 「はい、奥様」  やっと、長ったらしく語彙の乏しい説教が終わり、私は解放された。といっても、ここからは先程まで以上に仕事を頑張らないといけない。先輩メイド三人と一緒に、終わらなかったエントランスの掃除を念入りにやらなければいけないのだ。  奥様が立ち去った後で、アビゲイルには露骨にため息をつかれた。ジャニスはすれ違い様に、“私達は自分の掃除を終わらせたのに”とぼそりと愚痴を言われる。そして、最後のレスリーには。 「自業自得よね」  その声が、じっとりと耳を濡らす。私は何も言うことができない。その意味が分からないほど、愚かなつもりではないからだ。 「それとも、因果応報と言った方がいいかしら」 「…………」  この世界に転生する時、自分の目の前にはお約束な“女神様”とやらは現れなかった。チート能力も貰ってはいないし、間違えて殺しちゃってごめんなさい!なんてことも言われなかったのである。  だから強いて言うのなら、このレスリーが私にとっては“私の事情を唯一知っている神様のポジション”なのかもしれなかった。彼女が人間なのか、人間のフリをしている神様的存在なのかはわからない。ただはっきりしているのは、彼女だけが私の正体を知っているということである。  私、クラリッサが。転生前までは、日本の東京でOLをしていたということを。  そして、どうやって死に、何故このような現世を迎えるに至ったのかということを。
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