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序章:希望との出会い
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
舗装されていない森の獣道を無我夢中で駆ける少年の頭は、逃げることでいっぱいだった。
まだ幼さを残す少年の柔らかな身体には、全身をすっぽりと隠すほどの大きな布きれが一枚。それ以外は、下着や靴すらも身につけてはいない。
走れば走った分だけ、道に落ちている小石や小枝で足の裏が血だらけになる。一歩前に進むごとに激痛も走った。それでも、立ち止まるわけにはいかない。立ち止まれば痛み以上の絶望が待っていると分かっているから。
「っ……はぁ、くっ……はぁ……はぁ……」
ここまで大分走った。もしかしたら、もう追手は諦めたかもしれない。そう思って少しだけ、後ろを振り返る。と、森の奥に松明の光が見えた。
「っ!」
追手はまだ諦めていない。しかもあれだけ走ったというのに、背後まで迫っている。
全身の血が一気に冷えた。
胃の辺りもキュッとしまり、感じたことのない痛みが走る。
――嫌だ、捕まりたくない。もうあんな場所には戻りたくない。
絶対に足は止めてはいけない。
そう思っていても奪われていく体力に、とうとう足が止まった。
骨の形がくっきりと浮き出るまで痩せ細った足が大きく震える。それからすぐにガクンと力が抜けて、身体が地面に落ちた。
湿った土の香りが、少年の鼻を擽る。
土の匂いは心を穏やかにする。それは誰しもがいつか土に還るからだと、昔、母親が言っていたのを少年は思い出した。
――俺も土に……。
ほんの一瞬、弱気なことを考えてしまったからか、途端に気力が途切た。
死にたくない。いや、もう死んでもいい。
両極端の感情が交互に主張して、思考を支配する。けれどそれもわずかな時間だけで、少年の頭に明確な覚悟の文字が過ぎった。
その時。
「そこに、誰かいるのか?」
突然、心にスッと染みこんでいくような落ち着いた声が、頭上から降りてきた。
少年は震える腕に鞭を打って頭を上げる。最初は追手に追いつかれたのだと顔を歪めたが、声の主と目を合わせた瞬間に全身の警戒が解けた。
その理由は簡単だ。
こちらに向けた柔らかな眼差しも、「大丈夫?」と差し伸べられた手も、全て太陽みたいに温かく見えたから。
少年は無意識の内に手を伸ばした。
触れた手は、予想どおり温かい。
その優しい感触に、少年はこの手を絶対に離したくないと願いながら意識を失った。
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