第十一話「予知対ブレイン・モンスター」

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第十一話「予知対ブレイン・モンスター」

 地合いは俺の方がやや有利。このままリードして林の模様をサバク。だが、生きる手が見つからない。もはやこれまでか。  ――まだ見てるの? これ、もう桜が負けた碁だよ。  ――だって秀ちゃんの碁、石の形が綺麗なんだもん。いつまでも見ていたくなるよ。  昔、俺の部屋でヘボの桜相手に本気で打ったことがある。桜のマグレ勝ちになりそうで、初めて負ける相手が桜だなんて嫌だ。そう思った。同時に、俺の初黒星が桜だなんて笑える。桜も成長したんだなと、彼女の師匠としては嬉しかった。その瞬間から、盤面以外のことは頭の中から消えて、暗い底に視える何千もの変化図が瞬時に頭に浮かび上がったのだ。  今、俺はその状態にいる。だが、まだ足りない。ブレイン・モンスターの前では、こちらが千手ヨメば千一手ヨミ返してくる。あと一手、足りない。  ――秀ちゃん、楽しんでる?  頭の中で桜が問いかける。  ――楽しむ余裕なんて、ないさ。  ――秀ちゃんが言ったんだよ? 碁はゲーム。ゲームならとことん楽しめって。 「どうしたんだい? 長考か? 残り10秒しかないのに」  林が何か話しかけてきたが、桜との対話で聞こえない。  ――秀ちゃん、今までありがとうね。大好きだよ。と、彼女は言って消えていく。  一瞬、瞳の奥の暗闇で、予知するかのように勝利への道しるべが浮かんだ。頭の中の盤面で、サバキの活路が浮かぶ。  ――そこだ!                ***  ……! 気づかない手を打ってきた。それでこそ僕のライバル。  この模様が荒らされれば僕の負け。夏目の黒を殺せば僕の勝ち。いいだろう、望むところだ、勝負! 『な、夏目君の着手が速すぎる』 『名人、これは……』  くそ、僕だってすでに〝覚醒〟しているのに、こいつはその上を行く! 囲碁界の王は、この僕だ!  ――本当に、そうなのかい?  〝俺〟が、静かに語り掛けてくる。  ――今、夏目は予知の領域に達している。彼を超えるには、君ひとりでは不可能だ。  ――では、どうすればいい?  ――〝俺〟たちはもともと一つ。一つに戻って完全体になればいい。  ――だが、そうなるとどちらかが消えることになる。僕は嫌だ。  ――〝俺〟が消えよう。君にも予知の領域に達する可能性があるが、残念ながら〝俺〟にはない。碁を楽しむことができないからね。  ――いいのか、本当に?  ――負けるより、マシさ。  瞳を開けて、対局時計を見る。持ち時間は残り五分。秒読みは十秒。それだけで、じゅうぶんだ。  別に手はヨンでいないのに、自然と手が正しい道へ僕を誘(いざな)う。予知の可能性を秘めた〝僕〟と、ブレイン・モンスターと謂われた〝俺〟。二人が合わさることで、無限の可能性が広がっていく。無限に広がる盤面が、その中で正解の図が僕の中で光り輝いている。 『遠野名人。林君が盛り返してきましたね』 『ええ、そうですね。ここを丸ごと飲み込まれると、黒の夏目君に勝ち目はないでしょう。何か技を出さないといけません』 「ちぃっ!」  先ほどまで早打ちの連発だった夏目の手が止まり、彼が焦りの声をあげる。同時に、黒の活路が消えていく。勝つのは、〝僕〟たちだ。
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