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夢を見る。
まだ元気だった頃の伊一が橋を渡っている。周りは人で埋め尽くされて、押し合いへし合い。伊一は巾着を掏り対策に胸にしっかりと抱いている。あまり小遣いはやれていなかった。そのなけなしの金で、息子はなにを買うつもりだったのか。あの巾着に縫い付けられた名前のおかげで、みつかった遺体はすぐに伊一だとわかったのだ。
周りの大人たちが、八幡宮の祭りについて話している。あれがよかった、これがすごかった。それを耳にする伊一の顔は期待に染まっていた。
――駄目だ。
利助の声は届かない。伊一は周りの人間に流されるようにどんどん橋を進んでいく。
――戻れっ!
橋が、轟音と共に激しく揺れた。足元が一気に崩れて、伊一の体が周りの人間諸共に真下の隅田川めがけて落ちていく。伊一の大きな目がこちらを見上げていた。
「おっ父…」
小さな呟きが、巨大な水飛沫のなかに消えていった。
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