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人の往来が激しいと言う割に、この森では誰ともすれ違っていない。
土の道が踏み固まってこそいるが、ニーナが転んだように木の根が道に出ていて段々と歩きづらくなっているのが見える。
──ナギトはあることに気付き、辺りを注意深く観察する。
(……この辺りから、植生が変わっているな。日本での常識に囚われ過ぎるのも考えものだが、一応、気に留めておくか)
「ニーナ。綺麗な布は持っているか?」
「え? あ、はい。あります」
ニーナはポケットから薄い桃色のハンカチを取り出した。
おそらくは手を拭く用だろう。
「良し。近い内に使う可能性がある、いつでも出せるように心の準備をしてくれ」
「……? ええと……分かりました」
ニーナは利き手に近いポケットにハンカチを入れ直した。
ナギトはニーナの身体を覆うように、水のバリアを3重に貼る。
自身にかかっているのと同じものだ。
防御力としてではなく、口を守るマスクのように衛生環境を保つためだけの、目に見えない魔法。
突然、少し離れた所からスコーン、スコーンという音が響いた。
ナギトはそれを木こりの音だと仮定する。
「……木を切っている音か」
「そう言われると、そうかもしれませんね」
「何にせよ情報源になる。音の方へ向かおう」
「はい!」
2人は道を外れて、音の方へと向かう。
獣道を進むと、斧で木を叩いている老人の姿があった。
ニーナはすぐさま挨拶をする。
「こんにちは」
「む? おお、こんにちは。こんな森の中で、どうなさった?」
老人は手を止めて2人に向き合う。
「私達は冒険者で、旅人です。宿を探しているのですが、この辺りに村はありませんか?」
「おお、そうじゃったか。この近くにショカという村があるのじゃが、儂はそこで村長をしておる。良ければ宿まで案内しよう」
(渡りに船だ。都合が良すぎる気もするが、そういう時も……まぁ、あるだろう)
「助かる。村まではどれくらいかかるんだ?」
「すぐ近くに……げほっ、ごほっ、……ぇっくしょい! ……失礼しましたわい。どうも最近、村では病が流行っておりまして……」
ショカの村長と名乗る老人は咳き込み、くしゃみをした。
ナギトは無言で、飛沫がかからないように4枚目のバリアを貼る。
「病……ですか。あの、私はニーナと言います。回復魔法が使えるので、もしかしたら治せるかもしれません」
「なんと、それはありがたい。村の者も喜びます。ささ、こちらへどうぞ」
(……気休めにしかならないだろうがな)
ナギトは冷めた感情でニーナと村長のやり取りを見ていた。
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