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「すげー。これ全部本?」
教えられて行った場所は、壁一面に加えて並ぶ棚の全てに、ずらりと紙が並んでいた。冊子だけでなく、巻物も置いてある。
――俺、読書は苦手なんだよ。ねえ、菜々子!
瞬きも忘れ、棚の合間を進む。前は見ていなかった。
どすん、とぶつかる。ざらざらっという音が響く。
「え、ええええええええ!?」
巻物の山が、崩れた。
「マジでー!?」
どさっ、どさっと音を立てて、床に落ち、転がっていく。
「何をしているんだ!」
怒鳴り声に、颯太はでかい背を可能なかぎり縮めた。
「申し訳ございませんでしたぁ!」
振り返ると、書生姿の青年。さらりとした髪の下で一重の瞳がギラギラと燃えている。
「それらがどれだけ貴重なものだか分かっているのか、貴様は」
なんだなんだ、と人が集まってくる傍で、言葉に詰まる。
退け、と言って、彼は屈んで本を拾い始めた。
「て、手伝います」
「当たり前だ」
颯太も一つ二つと抱える。
「拾ったのは、ここに集めておけばいい?」
後ろからかけられた可愛らしい声に、え、と振り向く。
すると、おさげ髪の少女が巻物を抱えて、最初に山があった机の横に立っていた。
「ああ、そこに置いておけ、侑奈」
「分かった」
ゆっくりと頷いて、彼女は腕に抱えていた分を下ろす。颯太が歩み寄ると、手を出してきた。
「拾ってくれて、ありがとうございます」
颯太の肩にも届かない背丈。差し出された手もうんと小さいのに、見上げてくる瞳は大きい。二つに結われた三編み、その髪は色がうすくて柔らかそうだ。そして、唇はさくらんぼのような色形。
「ど、どういたしまして」
ぼっと頬が熱くなりかけて、首を振る。
――いやいやいや俺には菜々子がいるから! ねえ、菜々子!
誤魔化すよう、さらに歩いて、巻物を集める。
「これで全部?」
「常盤。大丈夫そう?」
「確認する。全部揃っていなかったら、また探してもらうからな。待っていろ」
常盤と呼ばれた青年が、格子模様の袴を捌いて座り、巻物の題と手元にある帳面を指でなぞり始める。
「全部確かめるのには時間がかかる。だから、他の本でも読んで待ってろ」
振り返りもせずに言われたが、颯太はぺこりと頭を下げた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「侑奈。一緒に行け。見張ってろ」
信用ないな当たり前か、と颯太は頬を掻く。
「ええっと。じゃあ、魔物の本がある辺りを教えてくれる?」
言うと、少女は頷き、先を歩き出した。
「あなたも鎮台の軍人さん?」
「今日配属されたばかりの新人だけど」
「そうなのね」
ふわっと笑われる。それにまたドギマギしながら、颯太は懸命に足を運んだ。
「新人で。魔物がなんなのかよく知らなくて、怒られた」
「誰に?」
「一緒に配属された同期に」
すると、彼女はまた微笑んだ。
「わたしも常盤に怒られてばかりだわ」
――うっわー、かわいいー! いや、菜々子のことも忘れてないよ?
小さいから可愛いのだ、そんな言い訳を考えながら、颯太は言葉を継いだ。
「俺が怒られたのは、知らないことが多過ぎだからだよ。魔物とか、軍服とか」
「軍服?」
「うん、そう」
はあ、と息を吐く。相手には、ふふっと笑われた。颯太もつられ笑う。
「知らないと、何もできない。怒られて当然か」
「……そうね、知らないと何もできないのかもしれないわ」
彼女は首を傾げる。颯太はぐっと唇を突き出した。
「ああ、俺、頑張るよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
そして、彼女はゆっくりと腰を折った。
「侑奈と言います」
――あ、名前。
ぱちくり瞬いて、へへっと笑う。
「駒場颯太」
今日二度目の名乗り。だが、緊張はもうなかった。
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