02.知らなければ戦えない

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「すげー。これ全部本?」  教えられて行った場所は、壁一面に加えて並ぶ棚の全てに、ずらりと紙が並んでいた。冊子だけでなく、巻物も置いてある。 ――俺、読書は苦手なんだよ。ねえ、菜々子!  瞬きも忘れ、棚の合間を進む。前は見ていなかった。  どすん、とぶつかる。ざらざらっという音が響く。 「え、ええええええええ!?」  巻物の山が、崩れた。 「マジでー!?」  どさっ、どさっと音を立てて、床に落ち、転がっていく。 「何をしているんだ!」  怒鳴り声に、颯太はでかい背を可能なかぎり縮めた。 「申し訳ございませんでしたぁ!」  振り返ると、書生姿の青年。さらりとした髪の下で一重の瞳がギラギラと燃えている。 「それらがどれだけ貴重なものだか分かっているのか、貴様は」  なんだなんだ、と人が集まってくる傍で、言葉に詰まる。  退()け、と言って、彼は(かが)んで本を拾い始めた。 「て、手伝います」 「当たり前だ」  颯太も一つ二つと抱える。 「拾ったのは、ここに集めておけばいい?」  後ろからかけられた可愛らしい声に、え、と振り向く。  すると、おさげ髪の少女が巻物を抱えて、最初に山があった机の横に立っていた。 「ああ、そこに置いておけ、侑奈(ゆきな)」 「分かった」  ゆっくりと頷いて、彼女は腕に抱えていた分を下ろす。颯太が歩み寄ると、手を出してきた。 「拾ってくれて、ありがとうございます」  颯太の肩にも届かない背丈。差し出された手もうんと小さいのに、見上げてくる瞳は大きい。二つに結われた三編み、その髪は色がうすくて柔らかそうだ。そして、唇はさくらんぼのような色形。 「ど、どういたしまして」  ぼっと頬が熱くなりかけて、首を振る。 ――いやいやいや俺には菜々子がいるから! ねえ、菜々子!  誤魔化すよう、さらに歩いて、巻物を集める。 「これで全部?」 「常盤(ときわ)。大丈夫そう?」 「確認する。全部揃っていなかったら、また探してもらうからな。待っていろ」  常盤と呼ばれた青年が、格子模様の袴を(さば)いて座り、巻物の題と手元にある帳面を指でなぞり始める。 「全部確かめるのには時間がかかる。だから、他の本でも読んで待ってろ」  振り返りもせずに言われたが、颯太はぺこりと頭を下げた。 「じゃあ、お言葉に甘えて」 「侑奈。一緒に行け。見張ってろ」  信用ないな当たり前か、と颯太は頬を掻く。 「ええっと。じゃあ、魔物の本がある辺りを教えてくれる?」  言うと、少女は頷き、先を歩き出した。 「あなたも鎮台の軍人さん?」 「今日配属されたばかりの新人だけど」 「そうなのね」  ふわっと笑われる。それにまたドギマギしながら、颯太は懸命に足を運んだ。 「新人で。魔物がなんなのかよく知らなくて、怒られた」 「誰に?」 「一緒に配属された同期に」  すると、彼女はまた微笑んだ。 「わたしも常盤に怒られてばかりだわ」 ――うっわー、かわいいー! いや、菜々子のことも忘れてないよ?  小さいから可愛いのだ、そんな言い訳を考えながら、颯太は言葉を継いだ。 「俺が怒られたのは、知らないことが多過ぎだからだよ。魔物とか、軍服とか」 「軍服?」 「うん、そう」  はあ、と息を吐く。相手には、ふふっと笑われた。颯太もつられ笑う。 「知らないと、何もできない。怒られて当然か」 「……そうね、知らないと何もできないのかもしれないわ」  彼女は首を傾げる。颯太はぐっと唇を突き出した。 「ああ、俺、頑張るよ。よろしくね」 「よろしくお願いします」  そして、彼女はゆっくりと腰を折った。 「侑奈と言います」 ――あ、名前。  ぱちくり瞬いて、へへっと笑う。 「駒場颯太」  今日二度目の名乗り。だが、緊張はもうなかった。
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