01.出逢い、始まり

2/6
前へ
/283ページ
次へ
「そのうち、さらに援軍が来るんだろうなぁ」  上から声が降ってきたので、ぎょっとして見上げた。  先ほどの軍人がまだ横にいる。 「どうして、まだ此処(ここ)に」 「それは俺の科白(セリフ)なんだか」  制帽のひさしの下。釣り上がった眉と三白眼の、ずいぶんな強面だ。  それでいて、声は高めで、すんなりと鼓膜を打つ。 「もう一度言うぞ。さっさと逃げた方がいい」  はっきりとした言葉。視線もまっすぐに侑奈へ向けられてくる。 「戦場は遊びで来るようなところじゃないぞ」 「知ってる」  と、両腕で自分の体を抱きしめて。 「わたしはだから――戦うために連れてこられているの。逃げちゃいけないはずなの」  言うと、彼の眉が跳ねた。 「おまえが? かんなぎ?」 「そう、です」  木々や稲をなぎ倒す風や波とも違い、家屋を焼き尽くす炎とも違う。ただ人間だけを正確に狙い、喰らっていく存在。それが魔物だ。  その恐ろしい存在を不思議な力でもって祓うことができるのが。  誰もが持つ力ではないと言われている。特別なのだと言われている。だから、集められる。 「かんなぎの力は、戦いで活かすはずのものなの」  だから、自分もこの場で魔物と戦わないといけないはずなのだ。そう視線で訴える。  返ってきたのは無遠慮な視線。 「いくらって言ったって。こんな子供を前線に連れ出して、都の鎮台はそんなに人手不足なのか?」  薄い唇から漏れた言葉に。 「子供じゃない」  頬を膨らませた。 「もう十八歳です。軍だったら、入隊が赦される年齢(とし)よ」  すると、彼は瞬きを繰り返して、言った。 「見えない」 「……やっぱり」  つい、肩を落とした。  侑奈はどうにも幼く見える。  まず、背が小さい。同じ年頃の娘たちの中でも低い方で、ちょっとした人混みにいたら確実に埋もれてしまう。  背の低さに合わせるかのように体も細く、髪も(やわ)くて、ふわふわと風を受けて膨らみがち。  手も顔も小作りなのに、目だけが大きくて、それがあどけなさを増長する。見た人に頼りなさを感じさせるのだと自覚している。  だから、せめて。髪をきつく三編みに結って下げ、紫の着物に灰色の袴を身につけて、落ち着いて見えますようにと願っているのだが。 「子供にしか見えないよ、ね」  溜め息が溢れてくる。  そのまま視線を、横の軍人に動かした。  先ほど認めた強面は顎を上げないと見えないけれど、それは侑奈より背が高いからというだけ。ずば抜けて高いというほどもない。  体つきもがっしりとはしているが、軍人としては細身だろう。  肋骨服は生地も仕立てのいいものだが、飾りは少ない。襟元で一つ、徽章が光るだけ。袖の刺繍――軍の中の階級を示す袖章は濃紺の絹糸による三本線、大尉の職に在る人だ。  ただ、所属を示す肩章は着けてない。だから、どんな職責にあるのかは分からない。  鋭い輪郭の顔を見つめながら、年齢はどれくらいだろう、と考える。侑奈の年齢より十は上かもしれない、と。
/283ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加