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「そのうち、さらに援軍が来るんだろうなぁ」
上から声が降ってきたので、ぎょっとして見上げた。
先ほどの軍人がまだ横にいる。
「どうして、まだ此処に」
「それは俺の科白なんだか」
制帽のひさしの下。釣り上がった眉と三白眼の、ずいぶんな強面だ。
それでいて、声は高めで、すんなりと鼓膜を打つ。
「もう一度言うぞ。さっさと逃げた方がいい」
はっきりとした言葉。視線もまっすぐに侑奈へ向けられてくる。
「戦場は遊びで来るようなところじゃないぞ」
「知ってる」
と、両腕で自分の体を抱きしめて。
「わたしはかんなぎだから――戦うために連れてこられているの。逃げちゃいけないはずなの」
言うと、彼の眉が跳ねた。
「おまえが? かんなぎ?」
「そう、です」
木々や稲をなぎ倒す風や波とも違い、家屋を焼き尽くす炎とも違う。ただ人間だけを正確に狙い、喰らっていく存在。それが魔物だ。
その恐ろしい存在を不思議な力でもって祓うことができるのがかんなぎ。
誰もが持つ力ではないと言われている。特別なのだと言われている。だから、集められる。
「かんなぎの力は、戦いで活かすはずのものなの」
だから、自分もこの場で魔物と戦わないといけないはずなのだ。そう視線で訴える。
返ってきたのは無遠慮な視線。
「いくらかんなぎって言ったって。こんな子供を前線に連れ出して、都の鎮台はそんなに人手不足なのか?」
薄い唇から漏れた言葉に。
「子供じゃない」
頬を膨らませた。
「もう十八歳です。軍だったら、入隊が赦される年齢よ」
すると、彼は瞬きを繰り返して、言った。
「見えない」
「……やっぱり」
つい、肩を落とした。
侑奈はどうにも幼く見える。
まず、背が小さい。同じ年頃の娘たちの中でも低い方で、ちょっとした人混みにいたら確実に埋もれてしまう。
背の低さに合わせるかのように体も細く、髪も柔くて、ふわふわと風を受けて膨らみがち。
手も顔も小作りなのに、目だけが大きくて、それがあどけなさを増長する。見た人に頼りなさを感じさせるのだと自覚している。
だから、せめて。髪をきつく三編みに結って下げ、紫の着物に灰色の袴を身につけて、落ち着いて見えますようにと願っているのだが。
「子供にしか見えないよ、ね」
溜め息が溢れてくる。
そのまま視線を、横の軍人に動かした。
先ほど認めた強面は顎を上げないと見えないけれど、それは侑奈より背が高いからというだけ。ずば抜けて高いというほどもない。
体つきもがっしりとはしているが、軍人としては細身だろう。
肋骨服は生地も仕立てのいいものだが、飾りは少ない。襟元で一つ、徽章が光るだけ。袖の刺繍――軍の中の階級を示す袖章は濃紺の絹糸による三本線、大尉の職に在る人だ。
ただ、所属を示す肩章は着けてない。だから、どんな職責にあるのかは分からない。
鋭い輪郭の顔を見つめながら、年齢はどれくらいだろう、と考える。侑奈の実際の年齢より十は上かもしれない、と。
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