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そんな間にも、彼は冷たい顔で見下ろしてきていた。
この大人と張り合ってどうしようというのか。
眉が下がり、肩が落ちていくのが、自分でも分かる。
「戦えるというなら、なにかしてみるんだな」
浴びた言葉に目を伏せる。
「花を咲かせられる…… けれど」
それだけだ。
「常磐や泰誠みたいに魔物を倒せるわけじゃない。美波みたいに、魔物を清められるものを創れるわけでもないから。わたしには何も」
できない、と言えずにいたら。
「花を咲かせる?」
素っ頓狂な声が聞こえた。
ゆるりと顔を上げる。
「そんな力、聞いたことない」
唸る彼に、また肩を揺らす。
「……でも」
本当だから、と言う代わりに。
ぐるりと視線を巡らせて、探した。
二人が立っているのは、戦いが続く橋の袂だ。喧噪からはわずかに切り離された、南北に伸びる川岸には、躑躅の木が並ぶ。その中の近い木からから一つ、萎れていた花を摘み取った。
「見てて」
両手で、口許にそれを運ぶ。
小さく呟いたのは、祈りで願い。
すると、薄紅の花が、ふわり艶めいた。
「これしかできないの」
そのまま差し出す。
「だから、やっぱり逃げたほうが、いいのかしら」
答えはない。その代わり。
「……驚いたな」
彼は小さく笑い始めた。
「とんでもないことができるんじゃないか」
「そうかしら?」
首を傾げる。
「魔物に何かできるわけでないから。わたし、役立たずって言われてるのよ?」
「それは違うと思うぞ」
すこしだけ、彼は笑みの形を変えた。
「使い方次第じゃないか。魔物は花を嫌うからな」
「そうなの?」
「俺が知る限りでは」
喉を大きく震わせながら、彼は体の向きを変えた。
「出来ることがあるんだったら、やってみればいい」
革靴が、コツン、と石畳を打つ。
行くぞ、と彼はこともなげに言った。
「橋のほうより、逃げていった奴を追うのを手伝うほうがいいかな」
目を丸くしたのは侑奈だけ。
「ええ?」
「俺も、魔物から逃げたくはない、という点では同じなんでね」
ほら行くぞ、と。言葉を重ねて、彼は大股で歩き出す。
「えっと、その」
つい立ち尽くす。彼は振り返ってきて。
「ほら行くぞ、よろしくな」
笑った。
喉が鳴る。そのまま踏み出す。
「よろしくお願いします!」
叫んで、歩みを止めない彼のすこし後ろを走った。
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