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そうして二人で向かった先にいた黒い魔物を、彼は一刀で切り伏せた。
背中側から食いつこうとしてきた物も、振り向きざまにばっさりだ。
――わたしにできることなんて、やっぱりないじゃない。
それでも視線は外せない。翻る刃から目を反らせない。
斬って、斬って、斬った後。彼は去りきっていない黒い靄の上に、先ほどの躑躅を落とした。
薄紅が触れたところから、黒い靄は薄れ、消えていく。
「魔物が」
「ちゃんと祓えてるじゃないか、良かったな」
笑われた。
頬が熱を持つ。それを両手で押さえながら。
「なんだ」
呟く。
――わたしにも、できた。
膝から力が抜けた、横で。
「ほら、よろめいている場合じゃないぞ」
彼は言いながらも、刃を振るう。小さな魔物はさらに細かくなって、消えていく。
それに視線だけ向けたまま。
「俺は、あまりぶった切ってると、怒られるかな」
喉を鳴らす。
「どうして?」
「まだ、着任前なんでね」
首を振った彼を、そうだ、と改めて見た。
濃紺の肋骨服には、本来であれば、肩章がついているはずだ。陸軍の者であれば、所属する鎮台と部隊を示す帯がある。
濃紺だけの軍服は物足りない。
彼自身も、何も付いていない肩に触れて、笑う。
「異動令状はあるんだが、これだけじゃ駄目だからな」
「そうなのね」
頷きかえした時。
ドン、と道が揺れた。
道の向こうへと視線を移す。川沿いに流れてくる焔が見えた。
軍人たちは声をあげて、それを避ける。既に道の端にいた人たちは、その場にうずくまる。漂う魔物だけが呑みこまれて、消えていく。
焔の走った跡を悠然と歩いてくる、二つの人影を見て。
「常盤! 泰誠!」
名前を呼ぶ。
隣の人が首を捻るのに。
「わたしと同じ『かんなぎ』よ。今日は一緒に来てたの!」
言って、駆け出す。
向こうもこちらに気が付いてくれ、歩みを早くする。
先んじて、ツカツカと寄ってきたのは、白い立襟シャツの上に蘇芳の小袖を着た、二十歳の青年。
「どこに行っていた、この間抜け!」
風にあおられる前髪の下では、ギン、と瞳が光っている。
「……ごめんなさい」
肩を縮めて返した声は、掠れた。
その場で足を止め、俯きかけたら、肩を叩かれた。
「泰誠」
こちらは、短く刈った髪の青年だ。
狐色の鳥打帽に、深緑の縦縞模様の小袖の中には紺色の立襟シャツ、背板のある白茶色の袴を穿いている。
背は高くないが、厚みのある掌にまるい肩と腹。ふくよかな顔が笑みのかたちになる。
「何処に行ってたの」
泰誠の問いに答えられず、やっぱり下を向く。
「だから連れてくるのは厭だったんだ」
常磐の舌打ちに、首を振る。
「……ごめんなさい」
それだけの言葉を、何とか絞り出した。
ぽん、ぽん、と泰誠が背中も叩く。
「僕も気を付けて見てなくて、ごめんね。怪我がなくて良かったよ。沢山いたなかで、よく無事だったね」
「助けていただいたから……」
――そうだよ、お礼を言わなきゃ。
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