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はっと顔を上げて、それから悲鳴をあげた。
助けてくれた彼。その後ろには、もうひとり軍人。
後ろの方が構えた軍刀の先は、前に立つ方の首筋にある。
空いた両手をあげて、前側の軍人が笑う。
「怪しい者じゃあない…… と言って、聞いてくれるのかな?」
「無理だ」
背後をとった軍人が低く言う。
「散々暴れてくれたそうだな。おまえ、何処の部隊の者だ」
そういう彼自身は、きっちり肩章をつけている。皇都鎮台を象徴する松襲の帯、その中の第五部隊を示す伍の字が縫いとられた帯の、二つが。
袖の刺繍が示す階級は少尉。右肩でゆるりと飾緒が揺れて、襟では徽章が光る。
「高辻副官だね」
ボソリ、と泰誠が教えてくれた。
それを知っているのかいないのか、刃を突きつけられたままの彼は、じっと動かずに笑っている。
「だから、まだ着任前なんだ、皇都鎮台の予定。ついさっき鉄道で着たばかりだ」
「何が、だから、だ。俺の権限で、異動令状を破り棄ててやる。勝手をする男だとな」
「それを言われるとキツいな。悪かったとは思ってるよ。とりあえず、もう勝手はしないから、刀をどけてくれ」
ふっと小さく息をこぼして、高辻少尉は笑う。
「動かないで待つんだな。まもなく中将閣下が到着される」
かぶさるように、喇叭が響いた。
どよめきと、規則正しい足音が道を揺らす。
都の中心から通りを進んでくるのは桜星の旗。皇国陸軍の標だ。
「今回は司令官様みずから、ご出陣だ」
常盤が言う。
そうか、と見遣れば。旗の下、誰よりも煌びやかな人がいる。
秋の宮と呼びならわされる人だ。
黒と見まごう濃紺の肋骨服であることと肩章の形は他と違いがないが、袖章は金糸の刺繍。
右肩からは飾緒が揺れて、左胸には勲章が並ぶ。
背が高く、端整な顔立ちの彼は、鷹揚に歩いてきた。
「みんな、お疲れ様」
おっとりと笑い、周りを見回して。
司令官は、高辻少尉が刀を突きつけた人に目を止めて、ポカンと口を開ける。
「君――柳津君?」
呼ばれ。彼は手を上げたまま、すっと表情を消した。
「ご無沙汰しております、中将閣下」
「その呼ばれ方は好きじゃないんだけど。ってそうじゃなくてね!?」
秋の宮は、苦いものと浮いたものが混じった笑みになる。
「なんで、こんなところで捕まっているの。鉄道駅まで迎えに行くから着いたら連絡してって言ったじゃないか」
「申し訳ございません。到着するなり魔物の話を伺ったので」
「ここ、結構、駅から距離あるよねぇ? 歩いたの?」
「はい」
「……体力あるなぁ」
それはそれとして、と秋の宮は首を振った。
「高辻君、刃を引いて」
「ですが」
「いいから。彼が柳津君。今日、僕の下に着任予定の彼だよ」
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