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すると、高辻少尉は片側の頰を痙攣らせた。秋の宮を囲む部隊からも、細やかなざわめきが起こる。
「そうか、彼が噂の大尉殿だ」
侑奈の後ろでも、泰誠が弾んだ声で言う。
「去年、魔物との戦闘で一人、部隊長が亡くなって。その後任は別の鎮台から異動させてくるんだって言っていたじゃないか。快諾の返事を貰えずにいたって聞いていたんだけど、いよいよなんだね。
北の鎮台で、戦功をあげてきた人だよ」
そんなざわめきに片手を振って。秋の宮は笑みを浮かべた。
「ちょうどいいや。今集まっているのが、君が率いる予定の部隊だよ。そこの高辻君が副官」
当の高辻少尉は天を仰いでいる。
彼を振り向いて、柳津と呼ばれた大尉は、やっと表情を浮かべた。
「まさか、部下予定に殺されそうになるとは予想しなかった」
「俺だって、上官予定の奴が暴れてるとは思うはずないだろう!?」
顔を真っ赤にして、少尉はそっぽを向いてしまった。抜かれた刃は所在無げに揺れる。
「仲良くしてね。ついでに、このまま指揮を執ってもらっていい? もちろん、かんなぎのみんなにも指示を出してもらっていいから」
「そう言われましても、まだ着任の許可をいただいておりませんが」
また無表情になった大尉に対して、中将は鼻白んだ。
「許可もなにも。僕が呼んだんだから、いいでしょ?
だいぶ待たされたよね! 声をかけてから一年、お父上の三回忌まで異動を待ってっていうワガママは聞いた! 今度は君が僕のワガママを聞いてよね。
これだって着いたらすぐ渡そうと用意していたんだから」
秋の宮が目配せをすると、斜め後ろの軍曹が、あたふたと背負った荷物を降ろした。
そこから取り出された物を引ったくって、突き出してくる。
そうして、秋の宮はよく通る声で言った。
「柳津史琉大尉。皇都鎮台第五部隊長への着任を」
足をそろえ、背筋を伸ばし、挙手の礼をとった彼はゆっくり応じた。
「拝命いたします」
そして、彼は、手に取った章――帯を、肩に留める。松襲と、伍の字の二つだ。
息を呑む。
「早速、ご指令の任務に当たります」
「よろしくね」
秋の宮は数人を連れて、通りを引き返していく。
残った部隊へと、まず高辻少尉が駆け寄って。その後ろを大尉が続こうとする。
「待って……!」
だから、叫んだ。するりと振り返られたので、もう一度叫ぶ。
「あの、さっきは……!」
ありがとう、と言いかけたら。
彼はすこし歩み寄ってきて。
「嬢ちゃんもよろしくな」
言われた。
「お互い鎮台にいるなら、また逢うだろう。柳津史琉だ」
史琉、と小さく口の中で繰り返して。
両手をそろえて体の前で組み、頭を下げる。
「侑奈です」
うん、と言って。彼は踵を返して、舞台へと向かっていった。
そして。
軍靴が石畳を打つ。風を受けて、桜星の旗が膨らんだ。
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