02.知らなければ戦えない

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 言って、隊長殿は視線を横にずらした。その先、壁を背にもう一人立っている。  こちらは背は低いものの、肩ががっしりとした体格。おまけに、精悍そのものの顔立ちに、するどい空気を放っていて、またまた親しみはなかったのだが。 「俺に万が一のことがあった場合は、そこにいる副官、高辻(たかつじ)律斗(りつと)少尉の指図を聞くように」  柳津大尉の言を受けて、彼も頷く。 ――上官その二……  切れ長の瞳に値踏みされているようで、颯太は背筋を伸ばした。 「向くのは正面」  ぼそりと高辻少尉が言い、あ、と呟きながら向き直る。正面ではまだ、部隊長が笑っている。 「俺も五日前にここに着いたばかりでね。まだまだ不慣れっちゃあ不慣れなんだ。まあ、頑張ってやろうな」  寮の部屋の場所を告げられ、まず荷物を片付けてこい、と執務室を出してもらえた。 「ああ、緊張した」 「していないって言ってたじゃないですか。まあ、どう贔屓目(ひいきめ)に見ても、緊張してましたけど」  一緒に出てきた少年がじっとりと見上げてくる。颯太は肩を縮こまらせた。 「すみません、背だけはバカでかくて」 「うん。大きいよねえ。一八〇(センチ)ある?」 「ある……」 「へえ」  拳一つ分ひくい少年は、首を傾げた。 「背が高いほうが見栄えがいいよね。でも、柳津大尉も僕と同じくらいだったし、高辻少尉はもっと低かったかな。身長関係ないよね」 「背が高いだけで馬鹿にされることもあるんだよ!」  そう、バカでかいだけの馬鹿と里では(あき)れられていたのだ。それを払拭するための、一念発起。 ――頑張る、頑張るから! ねえ、菜々子!  凛々しい幼馴染の顔を思い出しながら、ううと呻いて、頭を抱えると。 「ほら、行きましょうよ。颯太」  と少年が言う。 「あ、はい。ええっと……」 「園池櫂です。同期なんだから、覚えてくださいよ」 「うん。よろしくお願いします」  ぴょこっと頭を下げてから、すたすた歩いていく彼を追った。  辿り着いた寮は、幸か不幸か、櫂と相部屋。運び込まれていた荷物を(ほど)きながら、ああでもないこうでもないと、片付けていく中で。 「それにしても、やっぱりいいなあ。士官服」  櫂が呟くので、颯太の目は点になった。 「へ? なんで?」  すると、櫂の目は丸くなる。 「僕らの服と、部隊長殿副官殿の服が違ったの、気が付いた?」 「え? ああ、そう言えば…… 向こうのほうが派手だった!」  ここ、と袖を指さす。  今、颯太と櫂が着ているのは、黒と見紛(みまご)うばかりにふかい濃紺の軍服。一般兵ではなく将校となると、それを表す袖章が刺繍される。位が上がれば上がるほど、飾り線の数が増やされて、将軍ともなれば金糸で彩られる。  それを踏まえて言ったのだが、櫂の視線は氷点下の冷たさだ。 「君、陸軍服則、ちゃんと読んだ?」 「い、一応」  背中にどっと汗が流れる。 「なんか一緒にいて、僕まで知らない奴扱いされるのはイヤだから、教えてあげる」 「お願いします」
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