第1章その1 ここは何処だ

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第1章その1 ここは何処だ

「はあ……はあ……」  肩で息をしながら、俺は逃げ込んだ木々の間で(つか)の間の休息を取っていた。 「マジか……マジかよ……!」  やけにリアルだとは思ってたが、まさかマジの異世界に飛ばされた?  俺だって異世界転生モノとか異世界転移モノは読んだことがあるが、こういうのは事故に巻き込まれるとか、クラスメイトと共に異世界転移に巻き込まれるとか、そういうのがきっかけで飛ばされてくるのが相場だろ。  だが、俺の直前の記憶にはそんな記憶が一切―― 「おい、ちょっと待て」  誰に言ってるんだという話だが、俺はそう声に出した。 「……俺、直前まで何してた?」  何かに巻き込まれた記憶がない……というのは正確でなく、ここで目が覚める少し前の記憶が曖昧(あいまい)だというのが正しい。 「よし、ちょっと一旦整理しよう。俺は小野村 孝太郎、高校3年生。父さんは普通のサラリーマン、母さんは兼業主婦、在宅で翻訳(ほんやく)関係の仕事をやってる。兄弟姉妹は2つ下の弟が1人だけ。趣味は読書とゲーム」  自分についての記憶はOKだ。 「で、後は……ここのところ、塾の夏期講習に参加していたって記憶と、講習終わりには息抜きでゲームをしていたという記憶はある」  比較的最近の記憶もある。 「……で、この異世界に飛ばされてくる直前は……?」  この記憶だけ、すっぽりと抜け落ちている。  部分的な記憶喪失(きおくそうしつ)という言葉が一瞬頭を(よぎ)ったが、あのドラゴンとの遭遇(そうぐう)によるパニックが原因だっていうこともありうる。 「と、とりあえず落ち着ける場所を探そう」  まあ、あんなドラゴンがそこら辺を飛んでいるのが当たり前だったら、街や村に居てもおちおち寝ていられない気がするが、こんな木々の間でいつまでも座り込んでいるわけにはいかない。  しかし、道がない。  獣道すらないから木々の間を進む以外に方法が無いが、一面木々が広がっていて、元来た方向がどっちなのかすら危うくなってくる。 「さっき逃げて来た方向って、こっち……だったよな……?」  記憶だけでなく、自分の感覚すら信頼できなくなりつつあった俺だったが、それでもひたすら足を進めること十分程度。 「街……ではないな」  小高い丘の、だだっ広い開けた場所に、ぽつんと1軒だけ白い建物が見えた。 「……」  さっきのドラゴンが近くを飛んでいる様子はない。  よし、今のうちにあの家に避難させてもらおう。  建物の扉まで走ってから、(とびら)をノックする。 「ごめんください」  声を掛けるが、返事はない。  もう一度。 「ごめんください!」  さっきよりも大きな声で。  返答なし。  どうやら、住民は今、居ないらしい。  窓から中を(のぞ)き込むと、中央に置いてあるテーブルとその先に大きな(つぼ)みたいなものが見える。  勝手に入って、住民と鉢合(はちあ)わせたらどうなるか分かったものではない……が、ぐるっと見回す限り、他に家は無い。  他に人が居る家を探している間に、またあのドラゴンが襲ってこないとも限らない。 「……すみません、お邪魔(じゃま)します」  開いた扉の中に、そう言葉を投げ入れてから部屋の中に入る。  窓から見えた、机と壺だけの……いや、(たな)もあったが、それ以外は何もない部屋で間違いなかった。 「誰も居ないか……」  そんな俺の言葉に反応したかのように、机の上に置いてあった分厚い表紙の本がパタンと開き、ページが急にめくられていった。  そして、その横に置いてあった羽ペンが宙に浮いたと思ったら、さらさらとページに文字を書き込み始めた。  ……う、うむ、大丈夫だ。  さっきのドラゴンよりはよっぽど落ち着いて見られる。  羽ペンが書き込んだページを確認する。 『ようこそ、いらっしゃいました。私はドゥルタ、土の女神です』 「あー……なるほど」  ここからが、いわゆるお約束というやつか。  俺の思いを知ってか知らずか、羽ペンは文字を(つづ)る。 『ここは私、ドゥルタが管理する”始まりの(みやこ)”です』  都……都ね。  それにしては殺風景だな。  まあ、この土の女神様? が居る場所だからなのかもしれないが。  何にせよ、女神様ということは偉い人? のはずだから丁寧(ていねい)な言葉を返す必要があるだろう。 『しかしながら、今の私はある場所に封印(ふういん)されています』 「封印……ですか?」  女神様が? 『そうです。この島の中で最も高い場所、女神の塔の最上階です』 「……?」  女神の塔、ってことはむしろそこの守護者っぽい感じなのに、封印されているってのもおかしな話のような。 『ここを訪れた貴方(あなた)はこの”始まりの都”を自由に使っていただいて構いません。ただし、1つ条件があります』 「条件……」  まあ、今の話から察するに、条件はすぐに分かるが。 『女神の塔へ、私を救いに来てください』 「ちょっと待ってください、女神様。救いに行くって言っても、お……私は普通の高校生なので、何も出来ません。何か、能力とか……そういうものは貰えないのでしょうか?」 『……』  沈黙。  ……あれ、俺の知ってる話だと、何だかんだ好きな能力をくれるとか、そういう展開になるはずなんだが……。 『先程申しました通り、私は女神の塔に閉じ込められていて、今の私では既に与えた力以上には何もありません』 「……え、既に……?」  いや、何それ。  さっきのドラゴンのときとか、何にも発動してなかったけど?  身体能力を強化するとか、そういうのじゃないってこと? 『ええ。(そば)にある錬金釜(れんきんがま)を使った錬金です』 「錬金釜……ってこのでか……大きな壺ですか?」 『そうです。錬金釜に素材となるものを投げ込めば、様々なものが出来上がります』 「それは便利ですね」  よっしゃ、こういうのを待っていた! 『今、私以外の女神も同じように(とら)われの身になっています。貴方の力で私たちを救っ――』  女神様の代筆(だいひつ)していた羽ペンは机の上に転がった。 「女神様?」  反応が無い。  いや、囚われているとすれば、誰かに見つかりそうになって通信を切ったとか、ここまで言葉を届けるための魔力が切れたとかかもしれない。 「……はは、ドラゴンに、女神様に、錬金。マジで異世界に来ちまったんだなあ……」  まだ、たちの悪い夢だという可能性もあるにはあるが、もし現実だったとしたら、この世界で死ぬと……いや、考えるのはよそう。  ドゥルタという女神様もどこまで信じてよいのやらという気もするが、少なくとも今は信じておかないと、このまま何も出来ずに野垂れ死ぬことになりかねない。  俺は深呼吸をしてから、声を(しぼ)り出した。 「……やるしかねえ、のか……」 2020/10/25修正:主人公の一部の口調、能力の付与についての説明を修正しました
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