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「すいません、不愉快にさせました。帰りましょう。」
俺は伝票を持って立ち上がり、先に会計を済ます為レジへと向かった。
蓮見さんが口癖のように俺に向ける『嫌い』も『大嫌い』も、苦痛ではないし、俺は傷ついてなんていない。
そう思われる自覚があるからだ。
それに、今日一緒に水族館に来てくれたのも、少しだけ、ほんの少しだけ、蓮見さんに近寄る事かできたような気がしていた。
だから、俺単独に向けられた『嫌い』と『大嫌い』はむしろ喜ばしいもので、それなのに、その他大勢と同じ『他人』と一括りにされた事がなんていうか・・・悔しくて、苦しくて、柄にもなく、少し・・・傷ついた・・・。
認めたくないけど、恋愛感情を持てないわ、と言われるよりも傷ついた。
・・・うん、そういうことか。
怪訝そうな蓮見さんはいつもと同じ蓮見さん。
なのに、このめんどくさい感情は俺が勝手に捕らわれているものだ。
水族館から社員寮までの電車と徒歩での帰り道、言葉を交わすこともなく、俺が先を歩きその数歩後ろを蓮見さんがついてくる。
「き、今日・・・泊まる、の?」
寮の前まで来た時、変に勢いのついた蓮見さんが、噛みながら俺の背に投げかけた。
どんな顔で言ってるのだろう、興味と共に振り返ると、そこにあったのは、手を握り締めて、勇気を振り絞って尋ねたとわかる、不安そうな蓮見さん。
「・・・泊まりません。荷物だけ取りに行きますが、帰ります。」
俺の返事に、言葉にすることはなかったが、ほぅ・・・っと吐いた溜め息が安心を語っていた。
今度は、部屋に入る蓮見さんの後を俺がついて行く。
纏めるほどあるわけでもない荷物を纏め、忘れ物のないように片付ける俺を距離を取って眺めている蓮見さん。
「・・・今日、どこに行くの?」
「さぁ・・・適当にどこか雨風が凌げるところを探します。」
荷物を持って、玄関に向かう。
会話を見つけようと、無理してくれているのが分かるが、それは蓮見さんの本心ではない。
「あの・・・今日・・・」
追うように背中に向けられる声を遮った。
「蓮見さん、別に、無理に会話を見つけようとしなくてもいいです。蓮見さんが何かしたとか、そういうんじゃなくて・・・俺の気持ちの問題ですから。」
靴を履いて、ドアノブに手を掛けた。
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