その先にあるもの

2/2
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
「あれ?」 すぐ前を走っていた筈の人達が、いつの間にか遥か遠くにいる。 高校に入って初めての、10キロもの距離を走らされる、恐怖のマラソン大会。 男女それぞれ上位5人が表彰されるのに加え、クラス単位でも平均タイムを元に順位をつけられ、それが体育の成績に反映される。 要するに連帯責任。 なので同じクラスの友達は、「歩の分まで頑張るから無理するな」と言い残し、先に行った。 だから私はペースが合いそうな人達の後を勝手に付いて行っていたんだけど、どうやらその集団からも遅れてしまったらしい。 これはマズイとスピードを上げてみたけれど、すぐに尋常じゃない息苦しさに襲われた。 うまく、呼吸ができない。 瞬く間にペースが落ちて、ついに立ち止まってしまったその時、前方から、同じクラスの田沼君が軽快な足取りで駆けて来る姿が目に映った。 もう5キロ地点を折り返して来たのか。 さすが陸上部。 ふと、彼が以前教室で友人に発していた言葉を思い出す。 『苦しさが限界を越えた瞬間、ふいに体が軽くなるんだよ。クセになるぜ、あの感覚』 「おい」 すると彼は進路から外れ、私に駆け寄って来た。 一瞬、何を言われるのかとビクついたけれど…。 「大丈夫か?」 続いたのは予想外の言葉だった。 「超顔色悪いぞ」 「え?あ、何か苦しくて…」 話す度に、更に息が乱れる。 「お前、それ過呼吸だよ!」 言うやいなや、彼は両手で私を抱え上げた。 「へ!?」 「近くに待機してる救護車まで運ぶぞ」 「で、でも、棄権したりしたら、皆に迷惑が…」 ペナルティとして、平均タイムに余計な秒数を加算されてしまうのだ。 ホント、どんだけドSなシステムなんだか。 「そんなの気にしてる場合じゃねーだろっ」 一喝したあと、声音を変えて彼は続けた。 「誰も責めたりしないから心配すんな」 「ご、ごめんなさい。ホント私、根性無しで…」 「何言ってんだよ。ここまで充分頑張っただろ」 そこで彼は優しく微笑んだ。 「辛かったな。もう大丈夫だからな」 いかにも体育会系な田沼君。 実はちょっと苦手だったのに…。 その笑顔を視界に納めた途端、私は忘れていた呼吸法を思い出し、そしてこの上ない高揚感に包まれた。 何だろう、この感覚。 もしかしたら私も到達できたのだろうか。 彼が言っていた、限界を越えた先にあるらしい、未知なる領域に。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!