もえて、もえる

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「久しぶり」 無人の筈のレッスン室に入るやいなや声が響き渡り、私は思わず飛び上がる。 「な、何やってんのあんた!?」 「何って、見学に来たんだけど?」 窓のブラインドは下りていて、昼間のこの時間帯でも電気を点けないとかなり薄暗い室内で、彼は一人、パイプ椅子に長い足を組んで腰掛けていたのだった。 「研修生のダンスレッスンを?」 自分はとっくに巣立ったくせに。 デビューして8年、今や国民的アイドルグループとなった【AIR】の一員、天野紅輝。 「いやそれがさ、次の仕事まで中途半端に時間が空いちまって。そんで彩が春休みの集中レッスンを担当してるの思い出して、夢や希望に燃えた後輩達の姿を拝んで初心に返ってみるのも良いかな~なんて…」「何だ。要するにヒマ潰しか。感じ悪っ」 言ってしまってからちょっとキツかったかな、と思った。 紅輝と私は同い年で、お互い13歳の時に事務所入りした。 数年後、彼はデビューを果たしたけれど、私には中々そのチャンスは訪れなかった。 結局大学卒業を機に夢は諦め、事務所専属のダンス講師になる事を決めたのだった。 だから10年以上付き合いのある紅輝には、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。 すると彼は素早く立ち上がり、私に近付いた。 「…何よ」 「相変わらず毒舌だな」 不敵な笑みを浮かべて続ける。 「でも、そういう所が、最大級に萌えるんだよな…」 囁きながら、ゆっくりと顔を近付けて来た。 唇が触れ合う直前、私は右の掌で彼の顔を覆い、強く押し返す。 「いてっ」 「そういう悪ふざけはやめてって、昔から言ってるでしょっ」 なぜか紅輝は二人きりになると、シャレにならないようなスキンシップをしたがるのだ。 「…お前こそ、いつまで悪ふざけって事にするつもりだよ」 不機嫌そうに口を尖らせ彼は言葉を吐き出した。 「くっそ。いつか絶対、落としてみせるからな」 …バッカじゃないの? 落ちてたまるもんですか。 だって、紅輝は本物だもの。 これからもずっと万人に愛され続ける人だから。 私が諦めた夢を叶え、私以外の女性にも輝くばかりの笑顔を向ける。 かつてのライバルとして、一人の女として、複雑な感情が燃料の、嫉妬の炎を燃やし続けながら付き合うなんて、そんな面倒くさいこと、まっぴらゴメンなんだから。
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