レンタル彼氏が元カレだった件

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梨生奈は強く目を瞑った。 ―――どうしよう、私だってバレちゃう! かといって彼の手を止めることもできなかった。 目の前にいるのが元カノだと知ったら彼はどう思うのだろうか。 隠していたことに怒り出すのだろうか。  それとも冷たい目を向けるだけで、何も言わずここから去っていくのだろうか。 あまりの心臓のうるささに、このまま破裂するのではないかとさえ思えた。  サングラスがひょいと取られ、梨生奈は覚悟を決めた。 「・・・ほら、やっぱり泣いてるじゃん」 「・・・え?」 予想もしていなかった言葉に梨生奈は目を開け彼を見上げる。 そこでばっちりと目が合った。 それでも彼の表情は崩れない。 心配そうに梨生奈のことを見つめている。 「何か嫌なことでもあった? あ、それとも、僕が嫌な思いをさせちゃった?」 「違う、ソウさんは悪くない!」 それには強く否定した。 いや――――本当は『この心の動揺は全て貴方のせいだ』と言いたかったのは事実だ。 レンタル彼氏を申し込みやってきたのが彼だった。  そこから梨生奈の感情は荒れ出したのだから。 「・・・そっか。 何かあるなら、話を聞くよ?」 黙ったまま首を横に振った。 「じゃあ少し休もうか」 そう言って手を繋ぎ休憩スペースまで誘導してくれた。 今の感情は複雑だった。 自分が元カノだというのに何も動じない彼。  拒絶されなかったのはよかったが、この結果はこれで腑に落ちない。  ―――ソウさん・・・。 ―――ううん、颯人も、これは仕事だって割り切っているっていうことだ。 ―――だからプライベートの事情は持ち込まない。 ―――それだけのこと。 頭では分かっていても心が追い付かない。 何でもいいから反応がほしかった。 あまりの自分の我儘さに再び呆れてしまう。 ―――今日が終わったら、もう颯人とは会えなくなるのかな。 ―――会えなくなるのは寂しいから嫌だけど、だからといってまたレンタル彼氏でソウさんを指名するなんてことはきっともうない。 ―――また苦しい思いをするのは嫌だから。 ―――ソウさんは颯人と違って、本当の私を見ていない。 ―――付き合っていた時と同じようにとても優しくしてくれるけど、颯人と比べるとまだ他人行儀なところがある。 ―――それが、今の私には耐えられないんだ。 ―――・・・颯人がレンタル彼氏をしていたということを知っても、私は怒りも何も湧いてこなかった。 ―――離れたいとも思わなかった。 ―――こんなにも私、颯人のことが好きだったんだな・・・。 ぐるぐると回る頭、考えが整理できないうちに気を遣うような言葉をかけられる。 「・・・りぃちゃん、大丈夫? 今日はもう帰る?」 優しく背中をさすってくれている。 ここで切り上げれば、ソウの今日の収入は予定よりも減ってしまうだろう。 それでも梨生奈の状態を優先してくれている。  仕事なら時間いっぱい一緒にいた方がいいに決まっていた。 「・・・最後まで、一緒にいてほしい。 駄目かな?」 気付けば意思とは裏腹に、梨生奈はそう口にしていた。 ―――今日で最後。 ―――颯人と会えるのは今日が最後。 ―――本当はもう、あの電話が最後でもう一切関わることはないと思っていた。 ―――だけど神様が、私たちをもう一度巡り合わせてくれたんだ。 ―――だったらその想いを大切にしないと。 ―――悔いのないように、颯人と別れないと。 神様に『もう一度チャンスを与えてくれてありがとう』と心の中で言った。 「もちろんいいよ。 最初から僕は、そのつもりだったから。 ・・・あ、あと、サングラスはどうする?」 そう言ってサングラスを差し出してきた。 もうソウには自分の素顔がバレたのだ。 もう怯えることはない。 「サングラスはもういらない。 しまっておく」 「分かった。 りぃちゃんの素顔、とても可愛いよ」 「ッ・・・!」 またもや簡単にドキッとしてしまい、少しだけ複雑な気持ちになる。 ―――私だけドキドキしっぱなしっていうのも、な・・・。 ―――かといってソウさんをドキドキさせるのも、かなりハードルは高いか。 そのようなことを思いながら、最後のクラゲコーナーを見て回ることにした。 気分を変えたおかげか心は軽く素直に楽しめることができた。  だがサングラスを取ったことで周りが騒がしくなってきていることに、まだ梨生奈は気付かないでいた。
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