レンタル彼氏が元カレだった件

8/12

21人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
だがエスコート精神で言ってくれているのは分かったため、強引に断ることもできない。 「うん? ・・・あぁ、お金は取らないよ?」 「いや、そうじゃ、なくて・・・」 「僕が、まだりぃちゃんと話したいっていう我儘なんだけど・・・」 その言葉はズルいと思った。 単なるエスコートだと分かっていたとしても、嬉しかった。 ―――でも駄目、ここで折れたら。 このままだと戻れなくなってしまう。 それは惨めで仕方がなかった。 「ごめん。 私、この後に行くところがあって」 「・・・そっか、分かった。 気を付けて帰ってね。 じゃあね」 梨生奈の頭を優しく撫でると、それ以上は何も言わずに去っていった。 ソウと別れた瞬間堪えていた涙が一気に溢れ出た。 ―――終わった・・・。 ―――これでもう、颯人とは会えないんだ。 ―――最後まで“梨生奈”って呼んでくれなかったな・・・。 ―――仕事だから当たり前って分かってはいたけど、やっぱりキツい・・・。 泣いていると携帯が鳴った。 見てみるとソウからのメッセージで、仕事用の連絡先で送られてきたものだ。 『りぃちゃん、本当に今日はありがとう! 泣いている姿も可愛かったけど、やっぱりりぃちゃんには笑っていてほしいな。 無理はしないでね。 幸せな時間を僕に与えてくれてありがとう』 仕事の時間が終えた今でも優しく接してくれ、嬉しくて胸が痛む。 同時にまだ仕事モードの彼に少しモヤモヤもした。 ―――・・・泣いていても仕方がない。 ―――優しく背中を押してくれたから、私も頑張らないと。 ―――颯人、今までありがとう。 ―――・・・そして、さようなら。 心の中でそう呟くと涙を拭いてここから離れた。 駅へと向かおうとするが、流石に海でライトアップされていることからカップルが多い。 騒動にならないよう、暗くて細い道を選び歩いていった。 ―――この一週間、心がやられて何もできなかったけど、新しく何かを始めようかな。 ―――得意な歌とダンスを生かすことができたら、丁度いいんだけど・・・。 ―――でも流石に評判の悪い元アイドルだから、誰も雇ってくれなかったり? ―――・・・あぁ、駄目だ駄目だ、悪いことを考えちゃ。 そのようなことを考えながら歩いていると、背後から呼び止められる。 「あ、あの」 「はい?」 振り向くと一人の男が立っていた。 顔は暗くてよく見えないが、何となく声に聞き覚えがある。 「あの・・・。 リオちゃん、だよね・・・?」 そう言いながら少しずつ近付いてきた。 体系は小太りで頭にはハチマキを巻いている。 チェックの服をジーパンにインさせ、リュックを背負っていた。 おまけに眼鏡付きだ。  一発でオタクだと分かる容姿。 梨生奈からしてみれば見慣れた人種ではあるが、夜に個人と個人で遭遇するのはあまり喜ばしくない。 しかも今の梨生奈はアイドルではなく元アイドル。  スキャンダルの渦中にいることを理解している。 「・・・もしかして、田中さん?」 「そ、そう! 憶えていてくれたんだ、凄く嬉しい・・・」 毎回ライブでは最前列を取って見にきてくれるファンの一人だ。 ファンクラブの一桁台の会員で、握手会の度に名乗られるため名前も憶えていた。  特別これまで彼に悪感情を持ったりはしていなかったが、流石に今の雰囲気では気持ちが悪かった。 田中は嬉しそうにカタカタと揺れている。 それが余計に不気味だ。 「・・・えっと、どうしたんですか?」 恐る恐る尋ねると彼は表情を一変させた。 「リオちゃん、どうして僕たちを裏切ったの?」 すぐに事務所解雇の件だと悟った。 「あ、ごめんなさい。 あれは、私の不注意で・・・」 慌てて頭を下げる。 「ずっとずっとリオちゃんを信じて応援し続けていただけに、物凄くショックだったよ。 恋愛禁止だから僕にもチャンスがあると思ってた。 いや、僕ら全員の希望を裏切った!」 「本当に、ごめんなさい・・・」 下手な言い訳はできない。 だから頭を下げることしかできなかった。 それが決定的な隙に繋がってしまう。 「僕、許さないから。 これはリオちゃんのためでもあるからね!」 「え? ちょッ・・・!」 そう言って田中は突進してきた。 鈍足ではあるが、流石の体重差に梨生奈が耐えられるはずがない。 衝撃と共に身体が宙に浮き、そしてそのまま意識を失ってしまった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加