レンタル彼氏が元カレだった件

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レンタル彼氏が元カレだった件

梨生奈(リオナ)はベッドの上に寝転がり大きく溜め息をついた。 梨生奈は音楽大学に通っている19歳で、現在一人暮らしをしている。 だが普通の一般人とはまるで違う。  目を瞑って思い出すのは一週間前の出来事だった。 『貴女のアイドルグループは恋愛禁止だというのに、その規則を破ったんですか!?』 『お相手は同じ大学の方だと聞いていますが、一体どのような方なんでしょう?』 多くのフラッシュと多くのマイク。 それらに囲まれ、どこまでも付けられていた恐怖は今でも忘れられない。 『君はクビだ。 この事務所を辞めてもらう』 社長自らのキツい一言。 そのたった一言で梨生奈の人生は一変し、没落したといっても過言ではなかった。 『リオのこと、信じていたのに』 『これからも一緒に頑張っていこうと思っていたのに、最低だよ』 それは大切な仲間だったはずのメンバーである彼女たちからの言葉。 それが今でも胸に刺さっている。 梨生奈はもう一度深く溜め息をついた。  人気アイドルグループの一人、リオが一週間前にスキャンダルされた事実を飲み込むために。 原因は自分にあり、同じ音楽大学の男性と付き合っていたことがバレたからだ。  証拠の写真も晒され、男性の素顔も特定されてしまっている。 マスコミが騒ぎを起こし事務所や多くの人に迷惑をかけた。  そんな梨生奈を事務所は庇ってくれることもなく、当初の契約内容通り追い出された。 そして同じグループだった彼女たちとも縁を切られた。 しかも莫大な賠償金と共に。 ―――私って、本当にツイてない・・・。 まだ現実に付いていけず頭がぼんやりと揺らぐ。 それだけではない。 事務所から追い出された数日後、スキャンダルされた彼氏である颯人(ハヤト)から電話がかかってきたのだ。  梨生奈は“心配してくれているのかな?”と思いながら電話に出たが、現実はそんなに甘くはなかった。 「もしもし?」 『もしもし梨生奈? 勘弁してよ。 俺の家にもマスコミが来たんだけど』 「え!?」 『それだけじゃない。 知らない男から、大量の脅迫まがいの手紙も届くんだ』 「そんな・・・。 私のせいでごめん、颯人・・・」 『・・・もういいよ。 俺たち別れよう』 「え、ま、待って颯人!」 ―――本当に最低だ、私・・・。 颯人にもフラれ今は独り身の状態。 彼は自分の不注意のせいで嫌がらせを受けているのだ。 フラれても仕方のないことだと思い、強引に引き止めるようなことはしなかった。 だけど今でも颯人のことが好きなのは事実。 アイドルを辞めさせられたことも辛いが、大好きだった颯人と疎遠になる方が何十倍も辛かった。 ふとした時に流れるこの涙が証拠だ。 ベッドの上で静かに泣いていると、玄関の方から物音がした。 郵便の配達だろうか。 アイドルだった以上、世論のことは知っておいた方がいいと思い新聞をとっていたことを思い出す。 ―――新聞、か・・・。 ―――もう私には必要ないかな。 そう思いながらも、のそのそと新聞を取りに歩く。 自分のことがデカデカと書かれているに決まっている。 本当は見たらまた傷付くと分かっているが、好奇心が抑えられないのは人の性なのかもしれない。 ―――男をたぶらかす清純派、全てを失い失脚・・・。 ―――って、酷いゴシップ誌みたいな見出し。 新聞を読んでいると一枚のチラシが挟まっていることに気付いた。 カラーで光沢のある紙質、新聞に挟まっているのは少々不自然なもの。 ―――何だろうこれ。 ―――レンタル彼氏? 堂々と書かれた“レンタル彼氏”という文字。 興味本位で詳細を読んでみる。  レンタル彼氏――――恋人代行サービスは派遣型接客サービス業の一種で、依頼客から指名されたキャストが恋人役になり、デートの相手をするというもの。 ―――試しに、申し込んでみようかな。 あまりの辛さ寂しさに耐えられず梨生奈はパソコンへと向かった。 チラシに書かれている店名を検索し実情を調べる。 流石に怪し気なところだったら梨生奈も一度引いただろう。 「へぇ、ここは指名じゃなくてランダムでも頼めるんだ」 ランダムとは当日まで誰が来るのか分からない注文形態で、普通では滅多にない特別なもののようだ。 ―――見た感じ、個人情報を書くような項目はないから私でも大丈夫だよね。 ―――指名じゃなくてランダムにしよう。 ―――・・・どうせ颯人以上の人なんて、見つかるはずがないんだから。 ―――心の穴を埋めてくれるなら、誰でもいい。 申し込みの項目を埋めていくと“好きな男性のタイプ”という項目があった。 ―――私が書いたタイプの男性を、当ててくれるのかな? 流石にタイプと正反対の人が来たら楽しめないだろう。 ここはそういう配慮をしてくれるのだと思った。 すらすらとタイプを打ち込んでいく。 そして、打ち終わった文を見て苦笑した。 「って、これ、颯人のことじゃん・・・」 書いた特徴は全て颯人に当て嵌まるものだった。 これは重症だと思いながらもこのままにしておく。 似た人だと余計思い出し傷付きそうな気もしたが、逆にそれも面白いかもと思ったのだ。  それは一種の破滅願望に近かった。 一番最後に“デートの時にしてほしいこと”という欄もあり、そこには『嘘でもいいからプロポーズしてほしい』と書いた。 梨生奈は颯人との結婚を夢に見ていた。  だがそれは、叶わぬ夢と砕け散ったからだ。 ―――・・・楽しみだな、レンタル彼氏。 申し込み完了し、折り返しの確認メールが来て梨生奈は気分が高揚していた。 今の状況でワクワクするのは不謹慎だとは思うが、心を保つにはこうするしかないと思ったのだ。
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