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会話をひとしきり楽しんだあと、僕たちは店を出た。
店を出て歩きはじめたとき、僕は彼に言った。
「やっぱり家に帰ってやりなよ。マスターも応援してるってさ」
「えっ、マスターも? マスターとは何も喋ってないよね?」
「僕ぐらい常連になると、マスターが言いたいことがわかるんだよ」
実は、会計を済ませて店を出るときに「只今演奏中」というプレートに立てかけられたCDをチェックしていた。
それは、スメタナの交響詩『わが祖国』だった。
『わが祖国』は全部で六曲からなる連作で、最も有名なモルダウはその第二曲目だ。
演奏は、ラファエル・クーベリック指揮のチェコ・フィル。
クーベリックはチェコが生んだ偉大な名指揮者だ。
しかし彼は、第二次大戦後に共産化したチェコスロバキアに反対して亡命、そのままチェコ国外で活動を続け、七十二歳で指揮活動を引退した。
その後チェコは、1989年に起こったビロード革命によって民主化を達成。
翌年の1990年、クーベリックは「プラハの春」という伝統ある音楽祭に招待された。
指揮者を引退して六年、そして実に四十二年ぶりに祖国の地に降り立った巨匠との歴史的なコンサートの記録。
それが1990年のクーベリックとチェコ・フィルの『わが祖国』なのだ。
マスターはおそらく、長い年月を経て再会するという境遇を重ね合わせて、この曲を選んでくれたに違いないのだ。
僕の説明を聞いた彼は、しきりに感心していた。
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