欲望バンク

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夜、曽根崎は久しぶりに妻を抱いた。 「新しい事業が成功したから、気が昂ってるんじゃない?いつものあなたとは違うみたい。」 行為の後、妻はベッドの上で甘い息を切らしながら言った。 「そうかもしれない。イヤだったかな。」 「ううん。そうじゃないけど。久しぶりだったから。」 いじらしい表情で目線を下に流す彼女は、美しかった。いや、妻は以前から美しかったのだけれど、その時感じた美しさはまた別のものであるような気がした。今は妻の全てが愛おしく感じる。たぶん、それも高橋に用意してもらった性欲のためなのだろうと曽根崎は思った。 曽根崎は性欲というものをその時初めて知った。生まれつきなのか、曽根崎には性欲というものがまるで無かったのだ。思春期を迎えても、周囲の友人がそうであるようには、女の子に対する興味が湧かなかった。当時は別にそれが特別なことであるとは思わなかったが、大学生の時に偶然できた彼女から言われた一言でそれを自覚するようになった。 「あなたはきっと愛なんてものはこの世に存在しないと思ってるのよ。」 耳のカタチが綺麗な女の子だった。何故かそれだけが印象に残っていて、あとは殆ど思い出すことが出来ない。だからやはり、彼女のことは愛していなかったのだろうと曽根崎は思う。でも彼女は、曽根崎が丸っきり愛を信じていないのだと断罪した。彼女に対してだけではなく、この世の全てに対して、曽根崎は愛を持てないのだと。 言われてみれば、それはその通りであるように曽根崎には思えた。曽根崎は一度も誰かを愛したことがなかったし、そもそも愛というのがどのような感情なのかを肌で理解することもなかった。ただ何となく、小説やドラマを見て、あるいは友人の話を聞いて、そんなものかと想像したが、やはりどうしても実感は薄い。 曽根崎が妻と結婚したのは、妻が美しい人だったからだ。美しい女性なら、いつか愛することが出来るのではないかと思ったのだ。しかし、それは間違った仮説だった。妻はいつも美しかったが、やはり曽根崎は妻を愛することは出来なかった。決して妻には非はない。それは全て曽根崎自身の問題なのだ。だから曽根崎は出来るだけ妻を愛しているフリをしたし、求められればセックスもした。(性欲がなくても機能はするらしい) きっと妻はその嘘に気付いていたと思う。幸いだったのは、妻が忍耐強く曽根崎を愛してくれていたことだった。やがて曽根崎は全ての原因が、自らの性欲のなさだと結論付ける。恐らく愛は、特に同年代の女性に対しては、性欲から派生して生まれるものなのだろう。そもそも性欲を良く知らなければ、愛は未分化のままである。ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』や衛慧の『上海ベイビー』の主人公たちのように、当時の曽根崎は性欲と愛欲とを器用に選り分けることなど出来るはずもなかった。 実際、性欲と愛欲を引き起こす神経伝達物質群も、オキシトシンと複数の性ホルモンの微妙なバランスで構成され、解明には最も時間を要した欲望であった。 しかし、今なら、曽根崎は性欲と愛欲のカタチをはっきり区別することが出来る。それらは確かに脳波の波形も似ていたが、やはり顕著に異なる部分がいくつかあった。 「多分、今、僕の脳波を測ったら、君への愛で一杯だと思う。」 「何それ。ロマンティックのカケラもないわね。」 妻は笑った。今、曽根崎は妻を心から愛することが出来た。それだけでも、欲望バンクを作った甲斐があったと思う。 あらゆる欲望の浅ましさの中に、一筋の希望を見出すようにして。
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