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複雑に絡み合う首都高の流れは、まるで神経の束のようだ。曽根崎の乗る社用車は一つの電気信号として神経の道を進む。
料金所を通り下道に降りたところで、曽根崎は錠剤をミネラルウォーターで胃に流し込んだ。
欲望バンクのアプリケーションを開いて簡単な操作を行うと、欲望を引き出すことが出来る。性欲と愛欲を少しづつ。
最近は妻に会う前には必ずそうしている。
曽根崎が欲望バンクを使って初めて愛を感じた時、それはとても心地良いものだった。自らの欲が満たされると同時に、妻を満たすことが出来るという自己効力感を得ることが出来た。愛を知った曽根崎は、愛欲なしに妻と接することが恐ろしくなっていたのかも知れない。
欲望それ自体に依存性はないことは、実験によって証明されている。過去に流行したドラッグの類と欲望とは決して同じではない。
しかし。曽根崎は自らの身をもって知る。
人はいつだって何かに依存しているのだ。
あったはずのものがなくなるのは、怖い。
それを依存していると言うのであれば、人はいつも何かに依存している。
「ただいま。コンビニでプリン買って来たんだけど、食べる?」
「おかえり。良いね。食べましょう。上着預かるね。」
「ありがとう。愛してるよ。」
「私も、愛してる。」
ダイニングテーブルを挟んで、妻とコンビニのプリンを食べる。妻はそのコンビニのプリンが好きだった。もっとちゃんとした洋菓子店のを買ってきても良いのだけど、妻は何故かそのシンプルなプリンを気に入っているようだった。
「私はこれで十分。これが好きなのよ。」
「うん。知ってるよ。」曽根崎は優しく頷いた。
妻は下唇に人差し指を乗せて曽根崎を見る。何か考えている時の仕草だ。チェスの次の一手を見極めるかのように、妻は澄んだ視線を研ぎ澄ませている。
「最近仕事はどう?」
「順調だよ。心配することはない。」
「そっか。それなら良かった。ねえ、私も使ってみようかな。」
「え、何を?」
「欲望バンク。試しに少しだけ。」
曽根崎はスプーンを置いて、妻の真意を探そうとするが、次の手を読むことは難しそうだった。
「ああ。必要...かな?何か不満があれば、言ってくれ。出来ることは何でもするよ。僕は君を愛してるんだ。」
「うん。それは分かってるの。だから、預ける方じゃなくて、少し引き出したいなって。愛も引き出せるのよね。」
「それはまあ。でも...。」
曽根崎は言葉に詰まる。妻は躊躇いつつも、じっと曽根崎を見つめている。
「私、満たされ過ぎている気がするんだよね。それが怖いの。いつか溢れて、バランスを崩してしまうじゃないかって。」
「考えすぎじゃないか?少し疲れてるのかも。」
「ううん。そうじゃないの。実はずっと考えてたんだ。どうしたら良いんだろうって。それで、私も少し愛を引き出したら良いんじゃないかって。」
「私も?」
「だってあなたはそうしているんでしょ?」
妻の美しい瞳が滑らかに光った。曽根崎は一瞬息が出来なくなった。
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