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夜になると水族館も人がまばらになり、私たちも出ようと言う事になった。
夕食はしのぶ君が予約をしてくれていたカジュアルフレンチのお店。
内装はシンプルなもののお洒落で、慣れたようにワインを頼むしのぶ君が眩しかった。
「なんだか、慣れていますね」
「えっ?」
つい口に出した言葉は褒めるつもりだったが、嫌味な言い方になってしまった。スマートにワインを頼むなど、色々と経験を積まなければ出来ないと思ったのだ。
両思いになる前は、きっと悲観的に思っただろうが今は完全に大学生の時の彼を思い出しての言葉だったのに。
「えっと、その。昔よりも、大人の男性になりましたね」
「それは……桜さんに見合う男になったという事ですか?」
「……!どこでそんなセリフ覚えて来たんですか」
私が動揺している事を楽しそうに見つめながら、しのぶ君はコテリと首を傾げながら尋ねてきた。
あまりにもずるい言い回しに、私は顔を赤くする。
「私がしのぶ君に見合っているか心配なのに」
「……!」
驚いた顔をしたしのぶ君は、暫く固まると眼鏡を上げる姿勢のまま俯いた。何かあったのかと「しのぶ君?」と声をかけると彼はボソリと何かを呟く。
「え?」
「そんな風に思われていると思うと、嬉しいなと思いまして」
よく見れば耳が赤く、必死に表情を隠しているようだった。
その姿から、昔の彼が褒められた時によく頬を染めていた事を思い出す。
「……ふふ」
昔も顔が赤くなる事を恥ずかしそうにしていたはず。彼の変わらない癖になんだか心が落ち着いた。
「なんですか」
「やっぱり、昔と変わらないかもしれないです」
「え!?」
その後、どうしてですか。というしのぶ君の問いには、答えることはせずにサラダを綺麗に食べ終える。
「もう少し、この気持ちを堪能したいので秘密です」
焦った顔をしたしのぶ君は、仕事中には見せない表情で不機嫌そうにため息をついた。
「いつか教えてくださいね」
「分かりました」
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