再会

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 私、相田桜(あいださくら)は苦労人らしい。 らしいと言うのは自分では全くそのように感じていないからだ。 正直、よくドラマで見る『苦労している人』の条件には当てはまっているが、自分の気持ちとは相反している、と言うのが正しいかもしれない。  以前働いていた会社は超がつくほどのブラック企業であり、昔ながらの社風と言えばまだ聞こえはいいが、入社で決まる上下関係や上司からのセクハラ、お局からのイビリは当たり前のように日常茶飯事だった。  それでも辞めなかったのは、そこしか仕事が決まらなかったことに加えて、母の病気の治療費や弟の学費を稼がなくてはならなかったから。  父は自分が高校の時に病気で亡くしている。  どんどんと同僚に後輩までもが辞めていく中で、7年も働いたことは特に会社への愛着があったわけではなく、単純に自分の環境がそうさせていたことは明白だった。  だが、上司の目にはそう映らなかったらしい。    突然社長の息子との結婚を迫られたのである。    自分の歳は29で、確かに結婚するべき年齢かもしれないが、結婚したいと思っていた訳でも、焦っている訳でもない。 「さくらちゃんもそろそろ結婚したいでしょ」  と毎日のように言われて本当に紹介されるとは考えていなかった。  相手が社長の息子とということもあり、一度会うことになってしまったが、端的に言えばどうしようもない最低な男性が目の前に現れて驚いた。  性格は傲慢で体をベタベタと触ってくるし、あちらが予約した高級店に連れて行かれたものの割り勘で、夜は当たり前のようにホテルへ連れ込まれそうになった。  流石の私でも『家に犬が待っているので』というとっさに思いついた必死な言い訳を伝えて帰宅し、誰もいない静かな部屋の中で退職届を綴っていた。  幸いにも弟は良い会社へ就職をしており、今自分が辞めたとてそこまで迷惑はかけないだろう。気がつけば貯まっていた結構な額の貯金もある、母の病院費を出したとしてもしばらく会社が決まらなくても問題もない。  という訳で苦労人、相田桜は現在無職で転職活動中なのである。  すでに受けた会社のうち3社からは内定を貰っているが、なんとなく保留にしてしまっていた。  今日も面接のために黒縁眼鏡にスーツの出立で街を歩いているが、果たしてどんな会社だろうか。  歩く途中、ガラスに反射する自分の姿を見ると、いつも通り覇気の無さそうな顔がこちらを見つめ返した。    やる気がない訳ではないのに、どうも働く先に希望を持てない。  今までの場所が男尊女卑過ぎたのもあるが、男女平等の会社など幻だと思っている。  だからこそ、少しでも自分自身を見てくれるような場所で働いてみたい。 そんな想いで就職活動を続けているのだが、そろそろ気力の方も無くなってきている。 「ついた…… 」  その会社は割と新しい会社で、秘書が産休に入るからその間だけ秘書を任せ、後々総務課で働いて欲しいという求人だった。秘書なら個人を見てもらえそうだと募集をした記憶がある。 「本日面接の相田桜です」 「おお!!着きましたか、迎えにいくので下で待っててください!」 「は、」  受付の電話は「はい、分かりました」という言葉を聞かずに切られ、私は口を開いたまましばらく固まった。どうやら今日の面接官はせっかちな人らしい。  でも、なんとなく人が良さそうな対応だった。  今回はいつも以上に気合を入れよう。 よし、と心の中で呟くと、私は面接会場へと足を踏み入れたのだった。
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