悪役令嬢のヒーローは。

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悪役令嬢のヒーローは。

目の前に居る婚約者を目にしてハッと目が覚めた気分になった。 一気に頭の中で映像が入り乱れ、結末に辿り着く。 を見た瞬間サァーッと血の気が引き意識を失った。 最悪な事に私は乙女ゲームの悪役令嬢に転生したらしい。しかもエンドは全て死亡ルートばかりという恐ろしい結末。 その事を思い出したのはゲームの攻略者の一人、アラン・エドガーと出会ったのがきっかけだ。 なんか見たことあるなー。どこだっけーと考えていたら前世の記憶が流れ込んで来た。 そしてアラン・エドガーが婚約者兼私を地獄に突き落とす人。 ……無理ね。時期を見計らって婚約破棄でもしてもらおう。まだ死にたくないし。 そんな感じでのほほんと過ごしていたらあっという間にヒロインと出会う学園に入学する事に。 アラン様は私より二つ歳上だからなるべく避ければ逢わないはず。 入学式でヒロインと思しき人を捜しているとそれらしい女の子が居た。金髪を靡かせ真っ直ぐに立つ姿はとても美しかった。 画面で見るより更にかわいい……。確かこの後ゲーム攻略者との出会いイベントがあるはずなんだけど。 ドンッと背後に居た誰かにぶつかり反動で前に倒れこんだ。けれどお腹に逞しい腕が回され転ぶ事はなかった。 後ろを振り返ると黒髪の男性が申し訳なさそうに眉を下げている。 「すみません。よそ見をしていた様で。お怪我はありませんか?」 そう話す彼には見覚えがあり、攻略者の一人だと思い出す。この人のルートにも私が出て死亡エンドまっしぐらじゃない! 慌てて離れると彼は人懐っこい笑顔を浮かべる。 「俺はリアム・エドモントです。先程は失礼しました。貴女はアンジェル家のご令嬢ですね」 どうやら彼は私を知っているらしかった。まあ同じ侯爵家だしパーティーで見知ったとしてもおかしくない。 あっ、それよりもヒロインの子! と思って辺りを見回したけれど、彼女は何処にも居ない。 完全に見失ってしまった。諦めた私はリアム様に助けてもらったお礼を言う。 「リアム様。助けて頂きありがとうございます。ミシェル・アンジェルですわ」 互いに挨拶をして少し話してから別れた。ん~、ヒロインの子見つからないわね…… 中庭に出た所で視界に映った光景に足を止める。 美しいヒロインとアラン様が見つめ合う姿は神々しくて自分が入れる隙なんてないと思い知らされる。 例え悪役令嬢に成らなかったとしても運命は変えられない。 学園生活は決して楽しいとは言えなかった。 ヒロインのリリィはアラン様や他の攻略者達にベッタリでそれを見たくなくて極力会わないようにしていた。 そんな時、偶々通りかかった廊下の先にリリィを取り囲んでいる集団を見つけた。 リンチかしら……と思って近づくと令嬢達は罵詈雑言とも取れる言葉を彼女に浴びせている。 リリィは今にも泣きそうな顔で耐えていた。少しは反論くらいすれば良いのに。 「何をしているの?」 私が声を掛けると、令嬢達が蒼ざめた顔で固まった。 どうやら悪い事をした自覚は有るようね。 令嬢達に冷ややかな視線を向けながらリリィの前に立つ。 「怪我は無いようね。次こんな事をしたら覚悟しておきなさい」 リリィの安否を確認しつつ、彼女達に低い声で言うとリリィ以外の全員が震え上がった。 その時だった。複数の足音が此方に向かって来たのは。 ゲームの攻略者達が姿を見せると令嬢達の顔は土気色になる。 自業自得ではあるけど、こればかりはどうしようもないわね。 と、冷静に状況を分析している私に棘の様な視線が刺さる。 見れば、ヒーロー達が私を親の仇を見る目で見ていることに気付く。 何もしていないのに誤解されるのは不愉快だ。 思わず顔を顰めるとアラン様が感情を映さない瞳で私を見下ろす。 その表情は到底婚約者に向ける顔じゃなかった。 「ミシェル、彼女に何をしたんだ?」 ああ、貴方も私を疑うのね。判ってはいたけど胸が張り裂けそう。 「何もしていません。偶々通りかかったらリリィ様を責める彼女達を見かけただけです」 そこで沈黙が広がり、互いに無言のまま対峙しているとリリィがあの! と声を上げる。 全員の視線がリリィに集まった事で彼女は少し萎縮した様だけれど、はっきりとした声で言った。 「ミシェル様の言っている事は本当です。私を助けてくださいました」 彼女の言葉を信じた彼らは安堵の息を吐いた。 私は不快な想いを隠してなんとかその場から立ち去る事が出来た。 ズキズキと痛む心を無視して歩を進める私の背中に声が掛かる。後ろを見ると息を切らしたアラン様が真剣な眼差しを私に向けていた。 驚いて唖然としていると強い力で私の腕を掴む。 ヒッ、殴られる!? 思わず身構えるとアラン様は眉を下げ悲しそうな顔をする。 「……そんなに俺が恐いか?」 絞り出された様な低い声が私の鼓膜を揺らす。 「最初に会った時から君は俺に怯えていた。笑顔すら見せてくれなかっただろう」 ━━侯爵の息子には笑うくせに。と悔しそうに言うアラン様の瞳にははっきりと嫉妬の色が浮かんでいて。 まるで、彼が私を好きみたいじゃない。ヒロインじゃなく、悪役令嬢の私を好きになるなんて。 そんなシナリオは存在しないのに。けれどアラン様に抱きしめられているのは紛れもない現実だ。 「好きだ、ミシェル。どうか俺を受け入れて欲しい」 大好きな優しい声が耳元をくすぐり、思わず身じろぎする。 逃げられると思われたのか、アラン様は拘束を強めて私に口付けをした。 初キス……と感じる間もなくキスが続く。舌が口の中に入り込み優しく絡め取られる。 暫くするとアラン様の顔が離れ、視界が拓ける。 その時此処が外だと思い出してカッと身体中が沸騰した様に熱くなる。 咄嗟に地面の方に視線を向けると頬に白い手が置かれる。 「ミシェルは俺が好きか?」 不安そうな声音を聴いてこの人も私と同じ想いを持ってるんだと知った。 「好き、です……」 恥ずかしかったけど精一杯伝える。 好きだと告げるとアラン様は破顔しながら再度抱きしめられた。 「もっと言ってくれ。君の声が聞きたい」 私が気付いていないだけで、アラン様は私を愛してくれていた。 会う度に恐がられ、避けられてとても傷付いたと彼は言う。 「ごめんなさい」 自分の事ばっかりで。アラン様の気持ちなんて考えもしなかった。 「謝らなくていい。ミシェルの気持ちを知る事が出来て安心した。これからはずっと一緒に居よう」 私の大好きなヒーローは悪役令嬢を選んでくれた。 それだけで胸がいっぱいで。私達はもう一度お互いに唇を重ね、愛を囁いた。
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