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異世界のあなたに恋をした。
ある日突然、異世界に召喚された。
白い光に包まれ目を開けるとそこは知らない世界が広がっていた。
どうしてこんなところに居るのか解らなくて、此処が何処なのかも解らなくて泣き出しそうになった。
煌びやかな服を纏う男性が僕の目の前にやって来て、『神子様』と呼ぶ。
神子? 誰のこと? と思って辺りを見回しても男性が向ける眼差しは僕に注がれていた。
そして唐突に理解してしまう。自分はこの世界では神子という存在でこの国の危機を救わなければならないと。
そう頭では理解しても、気持ちが追い付くというわけじゃない。
戸惑い混乱した僕を見兼ねた神官様が、暫くは部屋でこの国の勉強をした方が良い。と進言してくれたお陰で幾分か落ち着いた。
その際家庭教師として魔術の先生が一人付けられた。
名前はローレンス・ヴァルート。一瞬見惚れるくらい美しい男の人だった。
彼は魔術に置いては右に出る者が居ないと周りから評される程、優秀な魔術者だという。
そんな彼との魔術授業はハード過ぎるものだった。
一日で沢山の術式を覚えるという苦行を課したり、体力が尽きるまで魔術を操る。
慣れない事をめげずにやり通す僕は偉いと自分で自分を慰めた。
そうじゃないとやってられない。
ローレンス先生のスパルタ授業が終わりほっと息をつく。疲れたなぁ。
先生が足早に去ろうとするのを見て、その背中に声をかける。
振り返った彼に魔法を放つ際の効率さを質問すると、先生はスラスラと答え始めた。
「発動する時に障害物となるものがないと好ましい。あとは精神統一だな」
ふむ、集中力を高めるのも大事らしい。真剣に話を聞く僕を見て彼は何か言いたそうな顔をする。
何だろうと思っていると突如部屋の扉が開き、可愛らしい声が耳に届く。
「ローレンス様、神子様、此処にいらしたのね!」
淡いレモン色の髪を揺らしながら話す彼女はローレンス先生の大切な人だ。
彼女が笑えばローレンス先生の厳しめな表情がふっと和らぐ。
初めてその光景を見た時は胸が張り裂ける思いだった。
厳しくも優しいローレンス先生に惹かれていた。けれどその恋心も自覚したと同時に砕けてしまう。
異世界人の僕じゃ到底敵うはずのない相手。だって彼女はローレンス先生と同じ時を生きているのだから。
そんな相手と同じ土俵に立つなんて無理に決まってる。僕が入る隙なんて無かった。
仲睦まじく接する二人を見る事しか出来ないのが歯痒くて、悔しかった。
「シエル、突然なんだ?」
ローレンス先生が彼女の名を呼ぶのを聞き更に苦しくなる。
彼は僕を他の人と同様に『神子様』と呼ぶ。その呼び方で彼が僕をどう思ってるのか解ってしまった。
「来週行われるパレードの警備でローレンス様と再度打ち合わせしたいと近衛団長が待っていますわ」
「そうか。神子様、聞いての通り私は行くが他に質問は?」
「大丈夫です」
答えるとローレンス先生はシエルさんと一緒に出て行く。
二人の姿が見えなくなってほっと息を吐いた。息苦しさが収まりつい笑ってしまう。
なんて不毛な恋なんだろう。ローレンス先生はシエルさんしか見えていないのに。
重い足取りで王宮の裏手にある湖まで歩く。
此処は主に辛い時に訪れる場所で、美しい景色を眺めて気持ちを落ち着かせる。
そうしないとこの気持ちが爆発してしまいそうで恐いから。
じっと湖面を眺めていると後ろで誰かの足音が聞こえた。
「……神官様?」
振り向けば召喚の時に会った神官様が居て、目が合うとバツが悪そうな顔をする。
「申し訳ありません。神子様の邪魔をしてしまいましたね」
「そんな事ありません。少し考え事をしていただけなので」
恭しく頭を下げて謝罪する神官様は小首を傾げ僕に近付く。
「考え事? ヴァルート殿のことですかな?」
言い当てられまじまじと神官様を見返す。じろじろ見られているというのに彼は穏やかに微笑むのみ。
生暖かい視線が、まるで親が子どもの成長を見守っている様で居た堪れない。
何時から気付かれていたんだろう。
「……好きなんです」
正直に告白すると神官様は優しい笑顔を浮かべて。
「そうでしたか。神子様の想いが届くことを心より願っております」
そう言って神官様は別の用事があると去って行った。
再び一人になり、空を見上げた瞬間誰かに抱きつかれる。
びっくりしたけど濡れ羽色の髪を見て動揺が収まる。
その人は、僕の大好きな人だから。
「ローレンス先生……?」
どうしたんだろう。パレードの護衛の件で何かあったのかな。それにしては、怒ってる……?
「レイ、彼奴はやめておけ」
急に名前を呼ばれ息を呑む。てか、彼奴って?
「神官の顔立ちは確かに端正だが、所詮は神に仕える者。色恋は出来ない」
いきなり神官様の役職の説明が始まり、困惑する。
「……知ってますけど」
「知ってて想いを寄せているのか? そんな報われぬ恋なんか諦めて、私にしろ」
ローレンス先生、今のは告白ですか。と訊こうとしたら強く抱きしめられる。
「君が好きだ。私を選んでくれないか」
彼の言葉を理解するのに数秒掛かった。けれど理解すればそれはただただ幸せな事で。
「……僕もずっとあなたが好きでした」
僕の答えを聞いた彼は弾かれた様に顔を上げ僕を覗き込む。
「本当か……?」
疑う表情の彼が面白くて、愛おしくて。
「ふふっ。はい」
笑いながら返事をするとキスの雨が降ってくる。
こんな事になるなんて、夢にも思ってなかった。ローレンス先生は、きっと僕を見てくれないと諦めていたから。
彼の腕の中に居る事がまだ信じられないけど、最愛の人が齎すキスに暫し身を委ねた。
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