浮気薬。

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浮気薬。

四限目が終わり昼休みの時間。 生徒達が思い思いに過ごせる時間だと言うのに、僕は自分の机に突っ伏していた。 別に眠いわけでは無いけど起きていると見たくないものを見てしまう。 そんなものを見ても辛いだけだから。 「綾瀬くんっ、今日一緒にお昼食べようよ!」 「ちょっと、綾瀬君は私と食べるんだけど」 「綾瀬君、私お弁当作って来たの!」 廊下にいる女子達の声が教室にまで聞こえて来て不快な気持ちに成る。 学年一、いや恐らく学校一モテる彼、綾瀬滉(あやせこう)は女遊びが激しいので有名だ。 甘いマスクに落ち着いた低音ボイス。モデル並みのスラリとした手足に高身長。 これらで数多の女を落して行くのだから恐ろしい。 そして彼の彼女になってしまった僕は日々女子からの嫉妬と少しの羨望を向けられている。 けれど僕の存在は滉が女子達の告白を断る言い訳に過ぎない。 毎日他の女を取っ替え引っ替えしてる為、僕と一緒に居る時間なんて殆どない。 だからもう別れようかと思ってる。これ以上苛められるなんて御免だ。 ガタッと突如音がして伏せていた顔を上げると滉の幼馴染・藤浪響哉が目の前に座っていた。 「よっ! 昼飯食わねーの?」 天真爛漫な笑顔で訊かれ黙って頷く。 「食欲無いんだ」 そう言うと響哉は気まずそうに滉の方に視線を送る。彼が僕らの関係をよく知っているからこその行動だった。 「あー、滉の所為か?」 これにも黙って頷いた。 彼は彼女を放って何時も女子と居る。ならもう僕なんか必要ないじゃん。 段々とイライラして来て目の前のペットボトルの中身を呷る。 勿論この飲み物は響哉の物だ。 しかし彼は咎める事はせずとある事を提案して来た。 「なあ、俺と浮気しない?」 危ない。危うく飲み物を噴き出す所だった。 てか、この男は今なんて言った。浮気? 聞き間違いかな。 「……えーと、正気だよね?」 確かめる様に訊くと響哉は大きく頷いた。 「いやさ、滉はずーっとあんな感じだろ? 彼奴に一泡吹かせてやろうぜ」 「それで浮気? リスク高くない?」 あ、でもそれで別れる口実が出来るのなら悪くはないかな。 「浮気って言ってもフリだよ。手を繋ぐとか、ハグとかさ。あ、愛妻弁当とかどう?」 「いや、どうって訊かれても……面白そーだから乗っては上げるけど」 滉を見返すチャンスかもしれないし、今までの鬱憤も晴らしたい。 「んじゃよろしくね、浮気相手さん」 「ん! 任せとけっ!」 こうして僕らの浮気のフリ作戦が始まった。 翌日の昼休みの時間、僕は響哉にお弁当を渡した。 不思議がる響哉に昨日彼に言われた言葉を口にする。 「愛妻弁当」 おおっ! と響哉から感嘆の声が上がり弁当を食す。 「美味しいっ! 夕希って料理出来るイメージなかったんだけど、これからは毎日作って貰おうかなぁ」 期待を込めた瞳で見つめられても僕の答えはノーだ。 正直お弁当作りが大変だとは思わなかった。滉に毎日お弁当を作ってる女子は凄いなと思うくらい。 「口に合って良かった。君の好みとか知らなかったし」 「え、マジ? 俺の好物ばっかりだからてっきり知ってるのかと……」 目を丸くさせる響哉に苦笑いを浮かべる。 「君のお弁当の中身を真似ただけ。お母さんが作ってるんでしょ? なら大丈夫かなって」 折角早起きして作ったのに、不味いとか言われたくなかった。 でも響哉の様子からしてその心配はなさそう。 そう思った時だ。頭上から声が降って来た。 「へぇ、美味しそうだね。夕希の手作り?」 見れば飄飄とした笑みを浮かべる滉が立っていた。 女子達は連れておらず一人きりという図に首を傾げる。 「俺の分は無いの?」 「無い」 いやなんで響哉が答えるんだ。 思わずツッコミそうになり僕は咳払いを一つして滉を見上げる。 「何か用?」 そう訊く僕を滉は驚いた様に見据えた。 「彼女に会いに来るのに理由が必要?」 そう言う彼に神経が逆撫でされる。僕の事を散々放って置いたくせに。 「今度俺の分も作って来てよ。夕希の手料理が食べたい」 そう迫る滉に困ってしまう。ぶっちゃけ面倒くさい、物凄く。 すると響哉が爆弾発言をした。 「あー駄目駄目。これは夕希が俺に作った愛妻弁当なんだから」 「は?愛妻弁当……?」 響哉の言葉に滉は息を呑む。かと思えば僕を睨んだ。 「何、愛妻弁当って。説明して」 だが運悪くチャイムが鳴り、滉は悔しそうに自分の教室に戻った。 放課後、やけに機嫌の悪い滉に連れられ彼の家に行った。 家に入ってそうそうソファーに押し倒され責められる。 「何で響哉にお弁当作ったの?面倒くさがりのくせに。俺には一度だってそんなの作ってくれた事無いじゃん」 鬼の様な形相でそう言われ僕は首を竦める事しか出来ない。 「ねぇ、答えて。それとも俺を嫌いになった? 飽きたの? 響哉を好きになった?」 ポタポタと両目から涙を流す滉にギョッとする。 彼はこんなに感情を剥き出しにする人じゃないのに。 言葉を失ったままで居る僕に滉は不安を煽られたらしい。 「ごめん、もう女子と一緒に居たりしない。夕希とだけしか一緒に居ないから、俺を捨てないで」 強く抱きしめられるその感触に好きという感情が自分の中から溢れ出して来た。 結局どう思っても滉を嫌いに成る事はなかった。 別れようかと考えても決断だけは出来なかった。 滉はずるいよ。そうやってずっと僕の事を縛り付ける。 君の泣き顔を見ると拒めなくなる。どうかこれが本心で有って欲しいと願いたくなる。 でも、もっとちゃんとした確約が欲しい。 僕以外の女子を絶つという明確な意志を見せて欲しい。じゃなきゃ安心出来ない。 「……僕以外の女の子と関係を絶てるの?」 そう訊くと滉はハッとした様に鞄の中を探り携帯を取り出す。 「俺は夕希しか要らない。それを証明するから、これを見て?」 見ると、僕以外の女子の連絡先を全て消して行った。 残ったのは親しい男友達と身内の連絡先だけ。 あんなに沢山有った筈の連絡先は綺麗に整理された。 「ラインもブロックした。ツイッターもインスタもだよ。ねぇ夕希、だから俺と別れないで」 彼の行動を横で見守って居た僕は思わず首を傾げる。 僕は何時、彼に別れたいと告げただろうか。 浮気作戦が絶大な効果を齎したのは身に沁みて感じた。 あの滉が女関係を全て絶ったのが未だに信じられない。 でも、これで滉は僕のものだよね? 「……別れたりしないよ」 「ほんとに? 響哉のとこへ行かない?」 必死に訊く滉が可笑しくて堪えきれずに笑ってしまった。 「あのさ……アレ、浮気のフリだよ」 「浮気の、フリ……?」 僕が言った言葉を滉は復唱し、意味を理解すると再度抱き着いて来る。 「良かったぁ……夕希は俺のなんだね。響哉のじゃないんだね」 僕は頷き彼の背中に手を回した。 「夕希、俺さ……言葉で言い表せないくらいに夕希の事愛してる。もう絶対離さないから。ハグもキスも抱き締めるのも夕希だけにするから……夕希も俺だけにしかしないで」 「ん、分かった」 僕が了承すると滉は安堵の息を吐く。 やっと僕だけの恋人になった彼を、僕も離したくない。 散々放って置かれてたけど、彼の気持ちを確認したからもう大丈夫。 偶には浮気するのも良い薬に成るのかもしれないと、僕は思った。
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