彼の鎖で縛られて。

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彼の鎖で縛られて。

ガチャガチャと鎖が鳴る音が部屋に木霊す。 早く、この鎖を外して逃げないと。彼が戻って来てしまう。 僕は必死に鎖を引き千切ろうとしたけど、時間が来てしまった。 「何してるの?」 低い声がドアの方から聞こえ反射的に振り返ると四ノ宮羅唯人(しのみやらいと)が睨みながら立っていた。 「晴香、何してるの? まさか逃げようとしてたわけじゃないよねぇ?」 僕は怯えながらも精一杯首を横に振る。 「ち、違くて……! ト、トイレに行きたくて……!」 咄嗟に出た言い訳を彼は体良く理解してくれたみたいで、先程とは一変して笑顔になった。 「なぁんだ。じゃあ行こうか。今度長い鎖を買って来て上げるね」 彼は鎖を外しながらそう言う。矢張り解放してくれる気は無いらしい。 僕は恋人である羅唯人に監禁されている。 元々束縛が激しい人だと思ってたけど他クラスの男子に告白されてから余計に酷くなった。 学校以外では羅唯人の家に監禁され行動を制限されている。 トイレに入り用を足すフリをしながら今後の事を考える。 逃げようとすれば容赦なく殴られる。最終的には殺されるかもしれない。 大人しく従順にしていれば逃げられる機会は充分に有る。 「晴香? まだぁ?」 コンコンと強めに叩かれるノックに慌てて返事をしてレバーを引く。 トイレから出ると羅唯人はニタァと笑って抱きしめる。 「はぁ、俺だけの可愛い晴香。何処へも行かせないからねぇ?」 ねっとりと耳元で囁かれ背筋に寒気が走るのを耐え笑顔を作る。 けれど羅唯人は不愉快そうな表情になると、口を尖らせた。 「また作り笑いだねぇ。何がそんなに不満なの?」 こんな状況で不満を持たない方が可笑しくないだろうか。 でもそんな事羅唯人には言えない。言えば殺される。 「……不満なんて無いよ。上手に笑えなくてごめんね」 声を低く暗めにして顔を俯ければ羅唯人は焦った様に僕の頭を撫でる。 「ごめんねぇ。俺も言い過ぎたよ」 抱きしめられる腕に寄り掛かりながら、思う。 これで何処まで誤魔化しが効くかな。 刻一刻と迫る命のタイムリミットに、気持ちは焦るばかりだった。 羅唯人の元からどう逃げ出すか。僕の頭はその考えでいっぱいだった。 彼は日曜の昼に決まって外出をする。その隙を突いて逃走するのが一番良い。 でも、発信機とかそれこそGPSを付けられたりしていたらどうしよう。 一応念の為、逃げる時にスマホは置いて行こう。 鎖を解く方法も分かったし後は時期さえ待てば…… その日はわりと早く来た。 日曜日では無いのに羅唯人は出掛ける準備をしている。 「出掛けてくるねぇ」 そう言って上機嫌で羅唯人は家を出た。二、三時間は帰ってこない筈だ。 羅唯人が家から出て三十分後くらいに鎖を外し窓から飛び降りる。 そのまま全速力で交番を探す。 けれど僕はこの辺りの土地勘に詳しくなく、学校に向かおうと考えた。 学校の所まで走って行くと、門の場所で土屋君に出会った。 「晴香ちゃん?」 驚いた様に僕を見る彼は、以前僕に告白をした人だ。 告白されてからずっと話していなかったから、少し気まずさは在った。 だが形振り構っていられない。僕は彼に担任の居場所を訊く。 「えっ、石崎先生? 職員室じゃない? てか晴香ちゃん、何でそんなに焦って……」 土屋君が僕に触れようと手を伸ばした時だった。 「あれぇ? 何で此処に居るのかなぁ?」 聴き覚えのある尖った声がし、身体が硬直した。心臓がバクバクと早鐘を打つ。 土屋君は何も気付かず彼に話し掛ける。 「あ、四ノ宮君。丁度良かった。彼女さんが困ってるっぽい」 「ほんと? ありがと」 羅唯人はニコリと屈託のない笑顔を土屋君に向ける。けど瞳の奥は赤い焔が揺らめいていた。 土屋君は苦笑を浮かべると立ち去ってしまった。 これから起こる最低最悪の事態に震えが止まらない。 「行っちゃったねぇ。残念だったね、もう少しで逃げられたのに」 悪魔の様な笑顔で話す彼が不気味で何も言えなかった。 震える僕の腕を羅唯人は強く掴むと、ニタァと嗤う。 「さ、帰ろうか。もう二度と逃げようなんて思わない様に、その身体に刻み付けてあげる」 綺麗な笑顔で言うセリフはとても残酷で、僕にとっては死刑宣告の様なモノだった。 「こんなに愛してるのに気付かないなんて、晴香は馬鹿だねぇ」 ケタケタと嘲笑う彼に僕が言える事なんて一つもなく、地獄に連れ戻された。 その日から、羅唯人の言葉通り僕は逃げる事が出来なかった。 死ぬまで彼の隣で生き続けるのだと、そう(さと)ってしまったから。 「ずうっと一緒だよ。死んでもねぇ」
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