2 処女作

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2 処女作

 過去に類を見ないスピードで残りの家事を片づけ、あとは寝るだけの態勢を作ったところで、パソコンを起動した。  学生のころから使用している文書作成ソフトを開き、頭を振る前までの映像を拙(つたな)い表現ながら打ち込んでいく。  営業――社会人になって数少ない良かった点は、日報や報告書を書くから文章力がついたこと。それを上長を確認し、おかしければコピーを取って赤ペンで次からはこう書けと教えてくれる。入り立てのころは赤まみれになって、何度打ちひしがれたことか……。  今そんなのどうでもいい。とにかく、追いついたところでまた頭を振って映像を再生する。手が追いつかなくなったら、また頭を振って止める――その繰り返しだ。  脇目も振らずキーボードを叩き続けた。我ながらとてつもない集中力を持っていることに驚く。あと、案外よどみなく出てくる映像と文章。自分の知らない部分で、ネタが練り上がって形になっていたんだね。  文章は何かの本で難しい言葉を使う必要ないって言ってたし。日報とかより書ける書ける。語彙とか表現とかは富小路(とみのこうじ)センセイが気になるなら、赤を入れてくるでしょーし。  ブー、ブー、ブー、ブー、ブー……!  ひとつ目の山場に差しかかる場面で、念のために設定しておいたスマホのアラームでバイブが鳴った。  ……ということはもう午前0時!? え、もう寝ないとヤバいじゃん! いやあ、小説って時間をあっという間に経たせる力を持っているんだね。恐ろしすぎるわ。  でも、心なしか頭はスッキリしたし、気持ちが軽くなった。なるほど、文章に落とし込むことでデトックス効果もあるわけね。これは、なんもしないでボケーっとテレビやネットするよりいいわー。  何より文章で自分ができないことを表現できるのがいい。これはもうたまらないし、癖になりそう。何かあっても、ちょこちょこっと変えてネタにできそうだし。  新しい発見ができて、とても充実した1日だった。よし、明日からがんばって書いて、なるべく早く完成させて富小路コトミに叩きつけてやるんだ!  月曜日の夜に書き始めた処女作は、日曜の夕方には完成した。  今は適当な出版社の募集要項に沿って、あらすじや住所氏名などを打ち込んでいる。本文だけ送りつけても、それはさすがに不躾(ぶしつけ)が過ぎると思い直したからだ。遅まきながら、一応なんらかの形に沿って送るのが、大人としての対応だと思ったの。  ……富小路さんサイドは、原稿を募集しているだなんてひと言も言ってないけどね。ま、それを気にしちゃ私の計画が台無しだから、あえて気にしないけどね! ね!  ちなみに、制作スケジュールなんてあったものではない。書けるときに書く。けどさぁ、平日も仕事終わりに書くのは日に日につらすぎるでしょ。土日はもっとキツかったけどね。  寝る、出す、入る以外は座椅子に座って手を動かしていた。しかも平均15時間。普段の労働時間より長いってもうこれ、つらいのを通り越して魂抜けかけたよ。  映像がドンドン流れるせいで、ロクなものを口にしていない。書いている最中はカップ麺か冷凍食品しか食べてない。でも、食べ過ぎると体に悪いし、食べなくても脳みそが映像の供給を停止しやがるし。ある程度いいものを食べるのってホント大事。適度な運動も。  作家に痔持ちで腰痛持ちが多いのがよーくわかったわ。ドーナツ型のクッションをネットで買おう……あ、手首もイカレたから腱鞘炎対策のグッズもいるなぁ……。  動かないから体がバッキバキだよ。今度からウォーキングかジョギングぐらいしたほうがよさげ。でないと、色んな意味で死にそうになる。  長編は長期スパンで書くのがいいみたい。短期間でガチるものではありませんね。身を以って知りました。  さて、そんなこんなで項目を埋め終わった。フォルダに原稿データと、個人情報を書き連ねたファイルをぶち込んで圧縮して、メールに添付して飛んでけー飛んでけ! と。書き終わった高揚感と、底の底まで引きずり込まれるような疲労感でテンションがおかしくなっています。  テレビを点ければ、国民的アニメが始まっているし。ああああああもう! 小説を書く以外何もしてない! 疲れているのに明日仕事だ! しかも変な焦燥感が出てくる! 気分が急降下で落ちていく!!  ……明日休んじゃおうっかなー。ノルマは到達したし、インセンティブも期待できるし。有給なら精勤手当に響かないって書いてあるし、最後に有給取ったのっていつだっけ。  ダメだダメだ! こんなことを算段するようになるのか作家業――いや、兼業作家は。そうだよね、純粋に休む時間がイコールネタ出しや執筆時間になるもんね。四六時中働けますか状態が続くんだよね……。  あ、私、兼業作家無理だわ。部屋の中めちゃくちゃだし、整理する暇もない。こなさなきゃいけない用事もできてないし。数少ない交流関係も断たなきゃやってられないもん。  思えば、時間とうまく付き合えるのは仕事だけで、プライベートは時間を気にしないほうが精神に異常をきたさないし。  今回の長編をぶっ続けで書くのは極端な例で、やり過ぎだとは思う。1作書いただけだけど、こんな執筆スタイルならどこかで必ず支障を来たすだろうね。  もう少し自分を見つめ直してみよう。他にも方法はあるはずだから。  ♪ピーンポーン♪ 「ピッザピザでーす!」  そう、お祝いを兼ねたピザを食べながらね。
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