1人が本棚に入れています
本棚に追加
中編
朝を迎える前に、ジェマは目を覚ました。視界がはっきりしてくると、見慣れぬ部屋が目に入る。手を少し動かすと、金属音がひびいた。おどろいて目をやると、手と足が鎖でつながれている。
「目を覚ましたか」
近づいてくる靴音に、あわてて視線を向ける。街で見かけた。組織の一員で、幹部の男だ。ひややかな両眼には、冷酷さをやどしている。殺気は感じないが、戦慄が体中を駆け抜けた。命を奪うなど造作もないという、無音の威嚇が室内を満たしている。
「お前はアロルドの養い子だな」
「だったら、なんなのでしょう」
アロルドの持っている情報を全て吐け。それが男の要求だった。素直に義父の仕事には関わりがないと言ったが、信じてもらえない。業を煮やした態度で、部下二人に命じて拷問をかけはじめた。拳銃をとりださないのは、殺す前にどうしても情報を聞き出したいのだろう。
「くはっ……」
血を吐き、服が破ける。男は「ほう」と、眼鏡を押し上げる。
「女だったか。なるほど、殺し屋どもが大切にするわけだ」
見れば素肌があらわになっている。とうとつに羞恥におそわれたが、気にしている暇はない。
「大切にしているって?」
「アロルドは養い子であるお前が、よほど大事だったのだろうな。殺し屋に守るよう個人的に、依頼していたんだよ。だが、その雇い主が死んだんだ。誰も助けに来ない」
「誰が、死んだって?」
男は鼻で笑った。双眼には侮蔑の色がうかんでいる。
「目障りなアロルドだよ! 体中が焼け焦げているが、間違いないそうだ。かわいそうに、いままで守ってくれていたのにな」
視界がゆがむ。涙があふれているのだと気づくのに、数秒と時間がかかった。
「心配するな。女とわかった以上、たっぷりかわいがってやろう。それに前から思っていたが、好みの顔をしている」
目前に恐怖がせまっているが、それ以上に自分の愚かさと脆弱さをのろった。せめて護身のために、武器の扱いを学ぶべきだった。ルドの言葉が正しかったのだ、と、いまさら気づいても遅い。
「ぐあ!」
短い悲鳴が、銃声と共にとどろく。男の十数人いた部下が、つぎつぎに血を流してたおれた。
「なにものだ」
男が銃をかまえるも、相手の姿は見えない。一秒と時間をおかずに、眉間をうちぬかれてたおれてしまった。誰もいなくなった部屋に、静かに足音が鳴る。
「無事か」
闇に溶けていた姿を、電気の明かりが照らし出す。殺し屋ルドが、立っていた。
「どうして、ここに」
「話はあとだ。逃げるぞ」
こなれた手つきで、針金を使い鎖を外す。自由になった手足をうごかしていると、カーキ色の上着を投げてきた。
「着ていろ」
ぶっきらぼうな言い種だが、頬がほのかに赤い。素肌があらわになったままだったと気づいて、ルドの着ていた上着に腕を通した。あきらかに大きさがあっていない。だが彼の体温を感じて、ほっとしている自分もいた。
「行くぞ」
ルドの強さを実感するのに、時間はかからなかった。引き金を引けば、一発必中。彼の前に二合として立つものはいない。百戦錬磨のつわもの、と、称したオラーツィオの言葉もうなずける。
階下に降りるころには弾を使い果たして、弾倉を入れ替えている。じっと見つめていると、「M9、弾は十五発」と自動拳銃の説明をしてくれた。
出来るだけばれぬよう、姿を隠しながらすすむ。逃走してるのにすら、いまだ気づかれていないようすだ。外に出られるのも、時間の問題かもしれない。期待がふくらんできたとき、口を手でふさがれた。物陰に身をやつして、ルドが見つめるさき。幹部の一人が部下に、細かく指示を出している。じっと息を殺していると、足音が遠のいた。
「さすがに気づかれたか」
離れるなよ、と、低い声でささやく。強い力で肩を抱き寄せられ、離れようにも離れられなくさせられる。身の危険から回避されていないのに、胸が早鐘を打つ。はじめてルドを異性として、意識してしまう。感情を切り離さないといけないのに、高鳴りは止んでくれなかった。
一階までたどりついたが、組織の人間が埋め尽くしている。銃口はこちらに集中していた。背後からは幹部の一人があらわれて、遊底を動かす。
「銃を捨てろ」
おとなしくルドはM9を床に放り出して、両手をあげる。男は不気味な笑みを浮かべて、「そいつを渡せ」と要求してきた。ルドを見つめると、こくんとうなづいた。こわごわと要求通り、一歩ずつ近づく。
「ぎゃ!」
一人ずつ組織の人間が射殺されていく。ルドはまだ銃を持ってはいなかった。新手があらわれたのだと気づいて、幹部の一人は視線を走らせる。
「上か!」
気づいたときには、もう遅い。狙撃手に部下の多くが命をうばわれてしまっていて、目の前にいる殺し屋が拳銃を持ち直していたのに気づかなかった。
乾いた銃声がとどろいて、幹部を撃ち殺す。生き残っていたものは、おそれをなして逃げ出した。
「尻尾を巻いて逃げるとは。自分の力量を、よくわきまえているじゃないか」
そう称したのはルドだ。軽口をたたけるほど、余裕があるらしい。
「大丈夫か? 嬢ちゃん、ルド」
階段をおりてきたのは、オラーツィオだ。手には狙撃銃が握られている。
「あなたも来ていたの」
「むろん。かわいい嬢ちゃんのために」
むすっとした表情で「うそつけ」と、ルドはつぶやく。おどろいた表情をうかばせたものの、口角をあげてオラーツィオは「おやおや」とルドにつめよる。
「嫉妬ですか? ジェラシーですか? 焼き餅ですか?」
ぴくりと、ルドの眉がうごく。
「そんなことより、はやく逃げるぞ」
はぐらかされたなと感じながらも、出口へ急いだ。
建物から逃げ出すと、朝日が尾根からのぞいている。他の街とつなぐ、巨大な鉄橋にたどりついた。ここで誰かと待ち合わせしているらしい。
「そこまでだ」
最初のコメントを投稿しよう!