海、始めました。

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『海、始めました』  学校帰り、海岸沿いを歩いていると、そんな事が書いてある看板が目に入って、俺と友達は思わず足を止めた。 「これって何か抜けてんのかな?」 「なんかってなんだよ?」 「海の家、始めました。みたいな」 「あー。海始めるって意味わかんねーもんな」 「海開きしました。とかならわかるけどなぁ」 「なんだろなぁ」  俺と友人が首を捻っていると「オロロロロロロロ」と盛大なゲロが吐かれている音(声?)が聞こえてきた。  俺たちは驚いてその音がする方向へと走り、波打ち際で蹲っている女の人を見付けた。 「大丈夫ですか!?」  こんな昼間から酔っ払いか? 勘弁してくれよ……と思わないでもなかったが、苦しんでいる人を見て助けないのは男がすたるというものである……が、女の人はこっちの想像に反してシャキッと立ち上がった。 「大丈夫です」  意識ははっきり。酒臭くもない。 「でも吐いてましたよね?」 「はい。吐き出してました」 「何をですか?」 「海を」 「海ぃ!?」  友人が馬鹿みたいな声を上げた。でもこいつがこんな風に驚かなかったら、俺がそういう驚き方をしてたのは間違いない。  それくらいわけのわからない返答だった……が、女の人は真面目な顔でこう言った。 「私、海の母なんです」 「あ……そうなんですか……」 「はい」  はい。じゃないよ……でもすごい説得力を感じさせる声色だった。 「じゃあ大地の父もいるんですか?」 「勿論です」 「へぇー。すげぇ」  友人は素直に驚いていた。俺は心の中でツッコミを入れた。すげぇ。じゃないよ……。それ納得出来る? 俺は出来ない。と思ったその時、女の人が説明してくれた。 「海って、蒸発して減ってますよね。その減った分を補っているのが私です。雨だけだと、海水が薄くなるのですよ。海は塩辛くあって欲しいでしょう?」 「そうっすね」  友人は頷いた。  俺はぽかんとしていた。 「そういうわけなので、私は大丈夫です。あの看板は私がこうして海を作り始めましたという事をお伝えしているわけなのです」 「なるほどー。それであんな看板になってるわけっすね。わっかりました。これからも頑張ってくださいっ!」 「はい。頑張ります。オロロロロ」  そうしてまた海水を吐き出し始めた女の人に一礼して、俺たちはその場を後にした。  友人は感激していた。 「海が始まってるとこ初めて見たぜ」 「そうだな……」 「地球ってすげぇな!」 「そうだな……」 「次は大地の父に会ってみてぇなぁっ!」 「それは……どうだろうなぁ……?」  大地の父ってどうやって大地を生み出してるのか……想像してもわからないので、俺は考えるのをやめた。  でもそれはそれとして、大地にしても海にしても生み出してくれている存在がいる事に、俺も友人も深く感謝の念を抱いたのだった。
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