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洗面所で化粧をする。 コンシーラーで目の下に居座る隈を隠す。軽いラメの入ったアイシャドウで目を大きく見せる。 睫毛をビューラーで持ち上げて、アイライナーで目を縁どる。マスカラで睫毛を長くする。 ハイライトとシェーディングで輪郭を調整して、チークで頬を染める。チークはオレンジ。桃色のチークは少しだけ残ったまま埃をかぶっている。 こうやって、服や化粧のエネルギーを借りて、そうして漸く、私になる。 これは、彼の為の化粧じゃない。私が私になる為の、身支度。 1度だけ、戻れるなら、戻ってみたかった。あの純粋な、恋のきらきらを感じていたあの時に。ただ、私として、耀けていたあの頃に。 だけど、皆変わっていく。大人になっていく。身体の大きさも、考え方も、関係も。 溜息が昇っていく。この洗面所の空気を測定することが出来たなら、きっと幸せがたくさん溶けている事だろう。 傘を持っていく事すら迷わない。天気予報で雨が降るって言っていたら、持っていくのは当たり前。 玄関を出る時に、迷いなく傘を手に取って、私は家を出た。
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