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オリヴィエは先ほどより表情が明るくなったように見えた。話すべきことを話し終えて、胸のつかえが取れたのだろう。包帯を巻いてから、《聖痕》の様子も落ち着いている。
「すみません、私の話ばかりしてしまいましたね。そういえば……深雪はこの事務所を離れることを考えたことは無いのですか? 深雪はもともと《死刑執行人》になることを嫌がっていたでしょう?」
突然、オリヴィエに尋ねられ、深雪は面食らってしまう。深雪が《監獄都市》に来てから、オリヴィエは幾度となく同じことを問いかけてきた。それでも深雪の答えは変わらない。
「……今でも《死刑執行人》に対する抵抗感はあるよ。でも、もう事務所を離れることは考えていない。それは俺が過去に犯した罪から逃げる、卑怯なことだから……」
「罪……ひょっとして以前話してくれた深雪の過去と、何か関係があるのですか?」
「……ああ」
深雪が頷くと、オリヴィエはにわかに顔を曇らせた。誰かの身を案じる時の、いつもの表情だ。
「以前にも話しましたが……私は正直に言って、深雪に《死刑執行人》になって欲しくありません。深雪は心の優しい普通の子です。このような世界に長居をして欲しくないのです」
「オリヴィエ……」
「この事務所のメンバーはみな、こういう場所でしか生きられない者ばかりです。奈落や私はもちろん神狼、流星、マリア、そしてシロ……みな破壊し、奪うことしかできない。どんなに望んでも光の中では生きられない、生まれながらの大罪人なのです。でも、あなたは自分の罪を償えばまだ引き返せる……まだやり直せるのですよ」
それは買いかぶりだと深雪は思う。深雪は許されざる罪を犯した。自分がクローンだという点を差し引いても、とても光の中で生きていく資格があるとは思えない。
ただ、オリヴィエの考えは深雪とは違う。オリヴィエにとって、深雪は良くも悪くもその辺のストリート=ダストと変わらないのだろう。オリヴィエの気持ちが嬉しいと感じる時もあるし、困ったと感じる時もある。今は後者だ。
深雪はオリヴィエにどう答えたものかと頭を悩ませていると、不意に低くハスキーな声が割って入った。
「また新手の宗教勧誘か。次から次へと、よくもまあ思いつくものだな」
深雪が驚いてキッチンの入り口に目をやると、いつの間にかそこに奈落が立っていた。いつもの黒い眼帯に黒い軍服。身長は二メートル近くあるのに、まったくと言っていいほど気配を感じさせない。
黒い皮手袋をした手には、何やら紙袋を抱えている。その姿を目にしたオリヴィエは途端に半眼となった。
「……私はただ深雪と話をしていただけです。あなたこそ少々、物事を穿った目で見過ぎなのではありませんか?」
すると奈落は隻眼を細め、これでもかと傲岸不遜な態度で人差し指をオリヴィエへと突きつける。
「いいか、俺は煙草を勝手口で吸っている。お前が口うるさく言うからだ。だからお前も懺悔室でもない場所で説教くさい話をするのはやめろ。前から言っているだろうが。……そもそも何故、他人の人生に干渉し、支配しようとする? 神父だったらその資格があるとでも言うのか?」
「何を言っているのですか、あなたの喫煙の件は、人として最低限度のマナーの話でしょう! それと私が神父であることを同列に語られては困ります!」
深雪は慌てて二人の間に割って入った。二人の口喧嘩を放っておいたら、どんどん燃え上がることはあっても、自然に鎮火することはない。
「まあまあ! やめなよ二人とも! ……奈落、ずいぶん早いんだね。予定では夕方から事務所に入るって聞いてたけど」
すると奈落は鋭利な隻眼を深雪へと向ける。
「暇だから来てやったんだ。おい、手伝え」
「手伝うって……俺が? その紙袋、何が入ってるの?」
不思議に思って尋ねると、奈落は紙袋を乱暴に深雪へと寄越した。深雪が紙袋を開いて中身を覗くと電球がいくつか入っていた。深雪は思わず目を瞬かせる。
「これ電球……?」
「この間、地下に巣食う引きこもりが連れ去られただろう。その際に事務所の中を調べたら、電球の切れている箇所がいくつかあった」
「え……どこ?」
「三階と二階の廊下だ。あと階段の踊り場だな」
「そうなんだ……意外とマメなんだな」
深雪が感想を素直に述べると、実に奈落らしい返答が返ってきた。
「道具や住居のメンテナンスは手を抜くべきじゃない。万が一の事が起こった時に、放置した不備が命取りになるからな」
「な、なるほど……」
命取りになるかどうかは定かでないが、メンテナンスすべきというのは深雪も賛成だ。思ったより真っ当な意見が奈落の口から飛び出して、戸惑っているくらいだ。そんな深雪の後ろで、オリヴィエが冷やかに指摘する。
「深雪、真に受ける必要はありませんよ。万が一の事が起きなくても、切れた電球を取り換えるのは、ごく当たり前のことです」
そう言われた奈落も負けてはいない。
「そういうお前こそ、まだ鑑賞し愛でるだけの植物に、せっせと水をやっているのか。なぜ不毛で無駄なことばかりしたがるんだ? 生産性という概念を知らないのか?」
「あなただって他人にどうこう言えるほど、生産性の高い生き方をしているようには見えませんが!? むしろあなたほど破壊してばかりで、生産性からほど遠い人物はほかにいませんよ!」
「分かったから! さっさと電球を取り換えよう! 俺、脚立を取ってくるから!」
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