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一、無理難題
「違う!この馬鹿者!これはただの山百合だ。その程度の見分けもつかぬのか、このたわけが!明日の朝までにハルワトの花をなんとしても探してくることだ。良いな。明日の朝、この時刻までにだ!」
魔術師メアトは傲然と言い放ち、地面に額づく私の目の前に、籐の花籠を投げつけた。扉が乱暴に閉まる音とともに黒衣のメアトが屋敷の内に姿を消すと、私は額づくのをやめ、籠からこぼれて辺りに散ってしまった無数の花を拾い始めた。
私が彼に毎朝ひざまづくようになって、はや三年が経とうとしていた。三年前、まだ十七になったばかりの若造であった私は、ゆえあって彼との魔術対決に臨み、圧倒的な力の差により敗北した。取り決めどおり、敗北した私は十年の歳月、日の出から正午までの時間を魔術師メアトの「弟子」として過ごすことになってしまったのだ。この黒衣の翁が大魔術師かつ冷酷で計算高き吝嗇家として都でも有名であることを知ったのは、敗北してから後のことであった。
弟子……といえば聞こえはいいが、実際にはだだの奴隷働きである。屋敷の掃除に食事の準備、荷物や手紙の配達まで、命じられるままに何でもやらねばならない。正午が来てようやく解放されたと思っても、「課題」と称して険しい山や洞窟の奥深くにしか育たぬ草花、ときには毒蛇や蝙蝠の死骸など、魔術に入り用な材料の採取までが、義務として私に課せられる。
ハルワトの花の乾燥粉末に月光の下で熟練の魔術師が高度の魔術を施し、画家が顔料に混ぜて描けば、壁画や肖像画に光がさす、風が吹く、命が宿る。描かれた草花は四季の移ろいを見せ、風に揺れ、芳香を漂わせる。人物であれば、髪は風にそよぎ、瞳には空の色が映り、ときに微笑や瞬きをする。「色彩の人」の異名をもつ古代の魔術師ヤハディ師が発明した技法で、その魔力を宿した粉末は「息吹の粉」と呼ばれている。
ハルワトの花は百合の花に似て、透きとおる翅のごとき花弁に黄金色の筋が流れる幻の花、とても貴重でめったに見つけられるものではない。自邸の改修を計画する都の大富豪から、老メアト師は持ち前の強引さで依頼を取り付け、壁画を彩る顔料に混ぜる「息吹の粉」を今月のうちに薬壺二つ分も納品することになっていた。
原料となるハルワトの粉末は高価ではあるものの仕入れることができる。しかし吝嗇家のメアト老はあくまでも私に野生の花を探させることで、原料費を節約して儲けをより大きなものにしようとしている。さっさと粉末を仕入れてしまえば納品はもう終わっているはずなのに、あくまでも費用を浮かせたいがために、見つかるはずもない花を私に探させるうちに期日が迫ってしまい、彼は今、焦っているのだ……。
日々、そのような執念深い企みのために、私の貴重な青年時代はすり減らされ、多くの力ある魔術師の集うこの都の内に住みながら、彼以外の師につくどころか、書物を紐解く暇を得ることすらままならず、まもなく齢二十を迎えてしまう次第である。
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