1-1 スピーチ原稿

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1-1 スピーチ原稿

サム・フレデリックは、埃をかぶってボロボロになった日記帳らしきノートを手に取った。 おもむろにノートを開くと、見返し部分に挟まれていた紙切れがヒラヒラと足元に落ちた。サムは紙切れを拾い上げ、ノートを一度閉じて、その紙切れの方から目を通し始めた。 ----------------------------------------------------------------------------- 社内向け発表会 スピーチ原稿 (笑顔で手を振ってから話し始める。) さて、ここでは難しい話は抜きにしましょう。ついに私達は不老長寿薬の開発に成功しました。今日皆様の前でこのような報告が出来る事を大変嬉しく思います。 その不可能とも思える物語を社内の皆さんに語ったのが、ちょうど20年前です。今日ここに集まって頂いた皆さんの約半数は当時その場にはいませんでした。これまで、私たちの元を去って行った方々もいれば、新たに仲間に加わってくれた方々もいます。 しかし、メンバーが移り変わっても、このプロジェクトを成功させたいというその熱い想いはこの20年全く変わる事はありませんでした。 (少し間を置く。) Unending Life Project(ULP)と銘打って開始されたこのプロジェクトは、世界最高峰の頭脳を持った科学者の皆さんの革新的なアイディアや独創的な発想のおかげで20年という驚くべき短期間で、私が思い描いていた物語を完結へと導いてくれました。 想像を絶するプレッシャーの中、諦めずに開発を成し遂げて下さった科学者の皆さん、またそれを支えて下さった全ての部門の皆さんに心から感謝申し上げたいと思います。 (少し間を置く。) ここで、皆様に一点この場を借りてお伝えしたい事があります。 ご存知の通り、プロジェクト発足時から開発リーダーを務めてくれていたケンダル・フレデリックが先月、突然の心臓発作に見舞われこの世を去りました。 彼無しでは、この日を迎える事は出来ませんでした。私のアイディアに一番初めに賛同してくれたのが彼でした。 当時、私がこのプロジェクト案を経営会議でプレゼンしコテンパンにやられた日の夜、彼は私を飲みに誘ってくれました。 「皆が反対する事をやろう。世界はそうやって変わってきた。」そう言って彼は私を慰めてくれました。その言葉に私の消えかかっていた情熱の炎は、またメラメラと音を立てて燃え始めたのです。 最高のビジネスパートナーとして、そしてベストフレンドとして、彼とこの日を迎えられなかった事は非常に残念です。 私たちの思いはあなたと共にあります。今は安らかにお眠り下さい。さようなら、ケン。 (少し間を置く。) さて、およそ半年前、私はデスクの上に置いた携帯電話と睨めっこをしていました。その日は申請中の不老長寿薬の審査結果の連絡を受ける予定でした。 担当者からは午前中に連絡出来るはずだと聞いていたので、私は首を長くして待っていました。 しかし、昼になっても連絡はなく、ちょうどランチの後、自販機で缶コーヒーを買いデスクに戻って一口目を飲もうとした時、その瞬間はやってきました。 着信音が鳴り画面を見ると、担当者のジェラルドからでした。 世間的に私は冷酷非情な経営者トム・サザーランドなど、散々な言われようをしていますが、あの時ばかりはそうはいられませんでした。 「やあ、ジェラルド。元気かい?それで例の件だが、どんな感じだい?」と私は全力で冷静を装いながら電話に出ました。 しかし、電話越しでもジェラルドには気づかれていたでしょう。彼は「安心して下さい、トム。申請は受理されましたよ。おめでとう。」 その言葉を聞いた時、私は少年のように喜びました。そのあとはご存知の通り、皆さんに社内メールを一斉送信して報告させて頂きました。 そして、今日ようやく皆さんとその喜びを分かち合う場を持つ事が出来ました。 (少し間を置いて、最後は力強く。) さあ、皆さん。世界を変える心の準備は出来ていますか?ここに不老長寿薬ULP-2120の販売開始を宣言します! メディチャーチ社CEO トム・サザーランド ----------------------------------------------------------------------------- サムはゆっくりと紙切れを握り潰した。そして、背後にあったソファに腰掛けると、先ほど手に取ったノートをもう一度開き、1ページ目から読み始めた。
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