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暴力団員四人を乗せた高級車は制限速度を守りながら走行し続けている。その威圧的なイメージとは裏腹に紳士的でスムーズな運転だ。他のクルマを威嚇したり進路妨害をするわけでもなく、むしろ模範的な運転でさえあった。それでも目の前の高級車は何とも言えぬ嫌なオーラを放っていた。
「お姉さん。あれ、どう見てもヤクザだよね。追うのはいいけどさあ。面倒だけは起こさないでよ」
「面倒なんて起こさないから。とにかくあとを追って」
「へいへい。かしこまり」
高級車は田向の市民病院の前を抜け、やがて国道を横切った。住宅街の諏訪野に出た。高級車は諏訪野の碁盤の目のような道路を複雑に右左折を繰り返しながらゆっくり走行している。
やがて、高級車は交差点に進入する度に連続して左折し始めた。タクシーもそれに倣った。
「お姉さん。たぶん尾行に気づかれたよ」
「なぜわかるの」
「いやさあ。あの外車、さっき三回連続して交差点を左折したでしょ」
「だから、それがどうした」
「わかんねえかな。交差点に進入する毎に左折してさあ、それを三回繰り返すとね、クルマって元の場所に戻っちゃうのよ。普通の日常的な運転で交差点が現れる度に左折を連続三回繰り返すのって絶対にありえないのよ」
なるほど。タクシー運転手の言いたいことがわかる。ようするに、私たちの尾行は完全に気づかれたということだ。
「取り敢えずいったん離れたほうが安全だよ。それに、あの外車の行き先はだいたいの見当がつく。この先に暴力団の組事務所があるんだ。行き先はたぶんそこだよ。いったん停まって何十秒か足踏みしてから組事務所に行って見ようよ」
「じゃ、そうしてよ」
「あいよ」
運転手は方向指示器を点滅させてから、タクシーを道端に停めた。
もしもあの高級外車の行き先が暴力団の組事務所じゃなかったら万事休すだ。
私は外車を見失なってしまわないかと思い、気が気ではなかった。
二十秒ほどが過ぎてから、運転手は再びタクシーを走らせた。
「あれ、見えるかな。あのコンクリートの建物。あれが組事務所だよ」
運転手は指差した建物から数十メートルの距離を置いてタクシーを停めた。
コンクリート剥き出しの殺風景な外観の三階建ての建物の前に、ドイツ製の高級車とアメリカ製の四角い巨大な高級車が並んで停車しているのが見えた。
「あれ、さっきのクルマだよね」
「そうだよ。メルセデス・ベンツ。俺が一生かかっても買えない高級サルーン。クルマ好きとしては、いっぺんでいいから運転してみたいよねえ。でも、真面目に働いても買えないんだよなあ」
運転手は自嘲気味に笑った。
「あの建物はどこの暴力団の事務所なの」
「あれは龍応会の事務所だよ」
今日の昼休みに高校を訪れた久能刑事の言葉を思い出した。工業高校応援団の六条とOBの杉松が首を折られて死んだ。杉松の父親は龍応会の会長なのだと久能刑事は言った。その龍応会の本拠地が、目の前に聳え立っていた。
「というわけで、どうするお姉さん。ここで降りるかい。こんな物騒な場所で降りるのはあまりオススメしないけどね」
運転手の言葉を聞きながら、私はどうすべきか迷った。そのときだった。運転手が龍応会の三階建ての組事務所を指差した。
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