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「あの体勢も奇妙だったけど、あの青白い顔。死人みたいで気持ち悪かったなあ」 「運転手さん、前!」 私は叫んでいた。 さっきの壁面直立不動男がタクシーのフロントガラスに張りついて車内を凝視していた。その青白い顔に生気はなく、派手な背広はまるで海水に浸かったかのようにずぶ濡れだった。青白い男が目を剥きながらタクシー運転手を睨んでいた。 「どうした、お姉さん」 タクシー運転手は不思議そうな表情をしている。それでも私のただならぬ気配に異変を感じ取ったのか、運転手はゆっくりと振り向いてフロントガラスを見た。 「ああっ」 タクシー運転手は声を裏返し、声にならぬ声で叫んでいた。 フロントガラスにへばりついた男の口が開いた。男の口から濁った泥水のようなものが吐き出された。男は嘔吐を繰り返した。やがて泥水は海水になった。緑色の海水に混じって、今まで見たこともない深海の不気味な生物が次々と吐き出された。 「うわああっ」 運転手が絶叫すると、一瞬のうちに青白い男は消えた。 「何だよ何だよ何だよ」 運転手は震えながら後ろを振り向いた。 「うわあっ」 再び運転手は叫んだ。 私は運転手の視線を追って振り向いてみた。後ろの窓ガラスに青白い男がへばりついていた。 「発進してよ。早く早く」 私が怒鳴る間もなく、運転手はシフトレバーをドライブに叩き込んでいた。 タクシーはタイヤを軋ませながら猛然と加速してゆく。振り向いてみると、さっきの青白い男は跡形もなく消えていた。 タクシーは赤信号を突っ切って交差点を抜け、国道を横切ってそのまま真っ直ぐ走り続けた。 「お姉さん。もう帰ったほうがいいよ。家の前まで送ってあげるから。さっきの場所には二度と行かないほうがいい。ああ、ナンマイダナンマイダ」 運転手は熱病に侵されたように身震いしながらタクシーを走らせた。 「お姉さん。住所は?」 「私がこのタクシーに乗ったコンビニの近く。新井田のXXXX……」 住所を告げた。 やがて、自宅に到着。タクシーから降りる瞬間に、運転席に掲示されていた運転手の身分証が目についた。 遠藤政夫。年齢は五十五歳。 運賃はタダにしてくれるという約束だったが、タダ乗りはどうにも申し訳がなかった。だから私は財布を取り出した。 「代金いらない。それよりお姉さん、神社でお祓いしてもらったほうがいいよ。それじゃサヨナラ」 運転手の遠藤はそう言い残し、タクシーは猛スピードで走り去ってやがて曲がり角の向こうに見えなくなった。
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