2月29日

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2月29日

 二月二十九日  僕にとってこの日は、唯一彼女と逢える日だった。  四年に一度だけの一日。たった二十四時間。たった千四百四十分。たった八万六十四百秒。そんな日が、彼女とのたった一つの接点というのは皮肉なものだ。  それこそ、天に浮かぶ星々が紡いだ七夕ですら一年に一度会えるというのに。この世界に神様がいるのなら、きっと性悪の傍観主義者なのだろう。  でも、なんとなく、僕はそれで良いと思う。  なんて想いながら、手持の線香に火をつけ、海へと投げ入れた。 「ねぇ、一年って三百六十五日でしょ? なら、今日は一年に無いはずの日だよね」  そんな事を彼女は話していた。  揺らめく焼けた陽射(ひざ)し、ほんの少しの間だけ訪れる凪、淡い藍に揺蕩(たゆた)う無色不透明な雲。煌めきに彩られた情景は色々と思い出させてくれる。  脳裏を過ぎる懐かしい記憶の断片はキラキラと輝き始めた。 「一年にないはずの日?」 「そう。閏年だけにある三百六十六日目」 「でも、なんで?」 「さぁ。でも、そんな日があるってことだけは確か」 「……よく分からない」 「だよね」  こんな会話さえ本当に楽しかった。そう、心の底から楽しんだ時間。  笑みを零しながら話す彼女の髪は、夕凪なのに(なび)き、乱れているのに綺麗だった。  泣き弱って腫れた眼元、叫び続けて枯れた声、何度も転んだ証の泥汚れ。それさえも美しく感じた最期の最後。  残響に押し潰されそうな中、訪れた沈黙に身を置き、ただただ沈む太陽を見て、物思いに(ふけ)った。
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