マサキくんのはなし。

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 病院。その言葉だけでおぞましい。台の上に乗せられて、ひんやりしたものを当てられたり。あのちくっと痛い奴をされたり。それそのものも嫌だが、何より複数人で台に押さえつけられ、逃げられない恐怖といったらない!二度とあのような想いなどしたくないというのに、“定期検診”やら“予防接種”やらが何回もあるというのはどういう了見なのか!犬にだってそういうものを拒否できる権利が与えられてしかるべきである! 「まあ、わかるけどな。……それでも今は、飼い犬として特に我慢しなくちゃいけねぇ時なんだよ」  マサキくんは真っ白な手で、ぽんぽんと俺の頭を撫でてくれた。 「今人間どもが大騒ぎしている、コロナウイルスとやら。あれは、人間のみならず犬もかかるんじゃねえかって話なんだよ。当然、犬もかかったら死ぬかもしれないだろ?飼い主として、敏感になるのは当然だ」 「そ、そうなの?」 「ただでさえ犬と人間は、共通で発症する“狂犬病”とかの恐ろしい病気がある。……世間に俺みたいな野良猫は多いが、野良犬っていうのは殆ど見ないだろ?あれは、保健所が猫より犬を優先して捕まえてるからなんだ。何故そうしなくちゃいけねぇかっていうと、牙があるからとか力が強いからじゃなくて……狂犬病を持っていたら恐ろしいからってことなんだよな。噛まれたら人間も感染して、大変なことになるんだとよ。警戒するのは当然だろう?」  そういうことなのか、と僕は目をぱちくりさせた。相変わらず、マサキくんは博識である。犬や猫が、実はしっかり人間の言葉を理解しているし文字も読める――なんて話、人間は気づいていないだろうが。それでも、テレビやら新聞やらネットやらをがっつり見ていなければ、人間社会の情報を得るのは難しい。  そういえば、マサキくんはカナさんがテレビをつけてにニュースを見始めると、当たり前のようにソファーに陣取って一緒にテレビを見ている。あれは、彼なりの情報収集のためだったのかと納得した。 「カナさんと一緒に、健康で長生きしたいなら。多少嫌でも、我慢しなくちゃいけないこともある。シャンプーもそうさ。人間なんか、毎日身体を洗うんだぞ?それに比べたら二週間に一回くらいシャンプーするだけで済む犬なんざマシな方だろうが」  それもそうなのかもしれない、と僕は思い直す。カナさんは毎日お風呂に入ったら三十分は出てこない。確かにカナさんは僕よりずっと身体が大きいけれど、一体そこまで時間をかけて洗うほどの面積があるのだろうか、と疑問に思うほどの長さである。
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