殺人事件とエロ教師鬱の本性、幻覚暴れる

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殺人事件とエロ教師鬱の本性、幻覚暴れる

(四)事件  その夜、事件が発生した。  夕食が終わって各自が部屋に戻った。鬱と幻覚とリスカちゃんは台所にいた。その頃からじっちゃんの死臭が立ちこめ始めた。  「じっちゃん、臭っている。いやだなあ」  リスカちゃんが言った。  「夏なんだから仕方ないじゃないか」  鬱が言った。  確かに一階は部屋中臭気が立ちこめ始めていた。しかし幻覚と鬱は一階にいることになった。幻覚が鬱を離さなかったからだ。リスカちゃんは二階へ上がっていった。  そして遺書を書き終えてから二時間後、風呂に入ることになった。まだ誰も自殺しようとは言いだしていない。女性から一番風呂へ入ることになった。  拒食症が風呂へ入ってしばらく経ってから、あの小さな体のどこから声が出るんだと思わせるような大声で叫んだ。  「きゃー!大変。みんな来て。ヒッキーが、ヒッキーが死んでる!」  その声で鬱と幻覚と借金が風呂へ急行した。拒食症はバスタオル一枚というあられもない恰好だ。  ヒッキーが首を切られて死んでいた。否、性格に言うと、首を突かれて死んでいた。  「ヒッキーまで自殺か?」  借金が言った。朝にはじっちゃんが「抜け駆け」したばかりだったから、ヒッキーの自殺で動転してしまっていたのだ。  「これは自殺じゃない。殺人だ。自殺ならヒッキーは手に凶器を持っているはずだ」  幻覚が言った。なぜか幻覚は落ち着き払っていた。自分達もじっちゃんのように死ぬのだ。その覚悟ができたような明晰な推理力であった。  「そうだなあ。でも一体誰が何のために殺ったんだ?」  鬱が幻覚の推理に納得して言った。  「とにかく、こいつを運ぼう。バスタオルがもう一枚あるから、それにくるんでじっちゃんの死体の横にでも置いておこう」  借金が言った。   「どうしたの?きゃー!ヒッキー!」  リスカちゃんが入ってくるなり叫んだ。これで死体を見るのは二回目だ。もう慣れっこになっているようだった。  「それにしても誰がやったんだろうか?」  「そう言う鬱さんよう。あんたが一番怪しいぜ。あんなにヒッキーとやりあっていたし、あんたが殺したんだろう?」  借金が言った。  「何を言うんだ?俺はずっと幻覚と一緒にいたじゃないか?」  「そうよ。鬱先生はずっと幻覚と一緒だった」  リスカちゃんが言った。  「もう、そんなことどうでもいいじゃないか。俺達、もうすぐ死ぬんだよ」  鬱が言った。  「あのスレを立てた奴とヒッキーを殺した奴はきっと同一人物だ。ヒッキーが死ぬのを嫌がったんで殺っちまったんだ」  今度は借金が推理を働かせて言った。  「それよりも、犯人はこの五人の誰かかなあ?外から誰かやってきて殺したのかも知れない」  リスカちゃんが言った。朝の時のようには動転した様子も見られなかった。  「とにかくこの血、なんとかしよう。それからヒッキーをバスタオルにくるんで運ぶんだ」  鬱が言うと、みんな頷いた。  ヒッキーは服を着たままだ。そして、首が刃物でえぐられている。 五人は一生懸命血を洗い流し、ヒッキーを運んだ。拒食症はあまりのことに声も出なかったが、何とか服を着替えて重いヒッキーを一緒になって運んだ。  五人がじっちゃんの部屋を開けると臭気が鼻についた。  「この臭い、何とかならないかなあ。私、こんな所で死ぬの嫌です」  リスカちゃんが言った。着替えた拒食症はジーンズにTシャツ姿だ。  「こいつ、乳がないな」  鬱は、この事態になっても拒食症に対してそんな不穏当なことを考えていた。そしてその考えを隠すように努めて冷静にしようとしていた。そして言った。  「夏なんだから臭うのは当たり前だ。そんなことで考えを変えるようだったら、ここからとっとと抜けるんだなあ」  この鬱の発言に対し、誰も異を唱えなかった。自分だけ抜け駆けすることはできなかったのだ。  「誰かが俺達のことを見ているに違いない。監視カメラなんかないか探そう」  突然幻覚が言った。  「隠しカメラなんて馬鹿なこと言うなよ。誰が何のためにそんものを置いたって言うんだ?」  鬱が幻覚をたしなめるように言った。  「いや、もしかしたら幻覚の言う通りかも知れないわ。このスレを立てた人が私達が本当に自殺するか確かめているのよ。そしてそいつがヒッキーを殺した犯人かも知れない」  リスカちゃんが言った。  「それじゃあ、みんなで探しましょうよ」  拒食症が言った。  こうしてみんなで監視カメラを探すことになった。先ずは練炭火鉢の置いてある部屋をくまなく探した。幻覚なんかは火鉢を裏向けて探していた。女性陣も壁やドアなんかを探した。それから台所、じっちゃんの死体のある部屋、風呂、トイレなんかを探した。それでも幻覚は納得しなかったので、二階の個室も探した。しかしどう探してみても監視カメラは見つからなかった。  「監視カメラなんて、本当に幻覚らしいことを言うぜ。何もなかったじゃないか」  鬱が言った。  「でも、何のためにこんなことしたんでしょうか?」  死体発見者の拒食症がやっと我に返り、言った。  「考えられることは三つだ」  今度は鬱が推理力を働かせて言った。  「何?三つって?」  リスカちゃんが尋ねる。  「先ずは、女が殺った。死ぬ前に恋仲になったこの二人の女性のうちの一人がヒッキーと風呂に入ろうとした。そしてヒッキーはセックスを要求してきた。しかし、自分の貞操を守ろうとした女が首を刃物で切った」  「そんな刃物ってどこにあるのよ?それから、もしかしたらヒッキーの自殺かも知れないじゃない。鬱先生、推理小説の読み過ぎじゃない?」  憤然としてリスカちゃんが抗議する。「女が殺った」と言われたからだ。  「自殺ってことはない。あの傷は刃物を首に立てた傷だ。自殺ならこういう風に『切る』」  鬱が両手を使って首を切る真似をした。そして言葉を付け足した。  「その上、自殺ならナイフか包丁を手に持っているはずだ」  「じゃあ、もう一つの可能性というのは?」  「これは、ここの五人全員が関係ある。死ぬのが怖くなったヒッキーに誰かが『じゃあ、殺してやる』と言って殺したんだ。あいつ、死ぬのを嫌がっていたじゃないか。だから引導を渡してやったんだよ」  「じゃあ、三つ目の可能性っていうのは?」  「外から誰かが入ってきてやった。監視カメラはなかったけど、何らかの方法で俺達のことを見ていた奴がいる。恐らくあのスレを立てた奴だ。そしてヒッキーが自殺を嫌がるので外から入ってきて殺した」  「そう言えば、俺達死ぬために集まったんだよ。犯人なんかどうでもいいじゃないか」  借金が言った。彼は本当に死ぬ気だ。だから誰かが自殺しようが、殺されようが、どっちでもよかったのだ。  「まあ、いずれにしても、これは殺人か自殺幇助だ。誰がやったかは分からないが、れっきとした刑法犯だ」  鬱が言った。そこには「もう誰も逃げられない、死ぬしかない」という諦観が見て取れた。  「もう誰も逃げられなくなったわねえ」  リスカちゃんがボソッと言った。  「そうだ。俺達みんな同罪だ」  鬱が頷いた。  「それよりも凶器がどこにあるか探さない?きっと台所なんかにしまってあるはずよ」  拒食症が言った。  「そうするか」  「そうだ、そうしよう」  誰ともなく、全員が拒食症の提案に納得したようであった。  そして、全員で血糊のついた包丁はないか台所を探した。  「待てよ、もしかしたらまだ風呂場にあるかも知れない」  風呂場も探した。  「ねえ、警察呼ばない?」  リスカちゃんが言うとともに、拒食症が激しくかぶりを振った。  「何言ってるの?警察なんか呼んだらみんな同罪よ。私達、刑務所行きよ。死ぬよりも辛いことになるのよ」  「その通りだ。自分達で解決するしかない」  鬱が言った。    「これじゃないかなあ。刃がべとべとしてる」  幻覚が包丁を持ってやってきた。  幻覚はなぜか包丁を持ってニヤニヤとにやけ始めた。そして包丁を見ながら何かブツブツと呟き始めた。  「宇宙人、宇宙人、来るなら来い。雨降ったら宇宙人が来る。雨よ、降るな、降ってくれるな。バカヤロー!」  と、次の瞬間、幻覚がその包丁を振り回して暴れ始めた。  「わー、俺死にたかねえ。わかった、おまえらみんな宇宙人だろう。お前らみんな死ね!」  「幻覚、落ち着いて。いやー、こっちへ来たら」  四人は避難しようとした。幻覚は包丁を手に何かわけの分からないことを叫び続けている。「この宇宙人め」とか「悪口いいやがって」とか言っている。時々「雨よ降るな、雨よ降るな」などと意味不明なことも言い始めた。そこで先ず体力に自信のある借金が幻覚の腹に蹴りを入れた。幻覚は一瞬「うっ」と言ったが、直ぐに体勢を立て直して四人に向かっていった。  その時、鬱が幻覚に近づき、瞬く間に包丁を取り上げ、腕を押さえた。見事な体捌きであった。  「やめろ。そんなことしたって何にもならない」  鬱が言うとみんなが静まった。リスカちゃんが口を開く。  「鬱先生、武道でもやってたの?」  「ああ、合気道だ」 「合気道なんていつ習ったの?」  「五年ほどやった。最初に赴任した学校で合気道部の顧問をしていた」  その後、鬱と借金で幻覚を縛り上げ、しばらく二階の部屋に彼を監禁しておくことにした。  「やだよー。どうして縛るの?本当に、本当に宇宙人がやって来るんだよう。鬱先生、やめてくれ。縄を解いてくれー。馬鹿野郎、雨雨降るな降るなー!」  そう言うのを尻目に男達は幻覚を柱に縛り付けた。 (五)鬱、正体を現す    結局、五人だけになってしまった。集団自殺の方はどうなるのだろうか?  「とにかく、もう遅いから寝よう。部屋はバラバラだったね。五人しかいないんだから」  鬱が言った。  こうして五人は床についた。部屋はバラバラである。幻覚の縄は解かれて彼の部屋に連れていかれた。彼は借りてきた猫のようにおとなしくなっていた。ただ、彼は布団に入って「宇宙人、宇宙人」と呟いていた。  時刻は十二時であるが、誰も寝ていなかった。  その時である。リスカちゃんの部屋で物音が聞こえた。  「きゃー。鬱先生、何するの?」  リスカちゃんの部屋に突然鬱が入ってきたのだ。カッターシャツとズボンは着けていたが、なぜか右手がズボンのジッパーにかかっていた。鬱が異様にギラギラした眼でリスカちゃんに放った一言がリスカちゃんを驚かせるのに十分であった。  「静かにして。君がヒッキーを殺したことは分かっている。他に誰がやるんだ?俺と寝よう」  「嫌よ。鬱先生、尊敬してたのに」  「いいじゃないか。どうせ死ぬんだから思いっきり楽しんで死のうよ」  リスカちゃんは部屋の隅っこへ逃げようとした。しかし鬱はドンドンと近づいてくる。  そして鬱は嫌がるリスカちゃんを無理矢理抱きしめ、唇を奪おうとした。  その時、リスカちゃんが大声で叫んだ。  「私、人を殺しているのよ。あなたのことも殺すかも知れないわよ。いいの?」  これはリスカちゃんが咄嗟に考え出した嘘であった。そう言うと鬱は引き下がると思ったのだ。しかし鬱は動揺しなかった。  「やっぱりお前だったのか。ああ、殺せるものなら殺してみな」  鬱はそう言って、今度はリスカちゃんの短パンを思いっきりずり下げた。そして、パンティの中へ手を突っ込み、言った。  「俺達、どうせ死ぬんだ。その前にさせてくれてもいいじゃないか。お前なんか、生きたとしても人殺しなんだぜ。どうやって生きて行く?」鬱の手がパンティの中へ入り込んでも、リスカちゃんははっきりと自分の主張をした。  「いいわ、わかった。でも、一つ取り消すわ。ヒッキーを殺したのは私じゃない」  「今更何を言うんだ」  「本当よ、私じゃないわ」  「じゃあ、なぜさっき『殺した』と言った?」  「そう言ったらあなたがあきらめると思って。私、焦っていたの。鬱先生が急に変貌したんだもの。そりゃ驚くわ。でも、もういいの。私、したかったの」  後は鬱の思うつぼであった。鬱は言った。  「お前はヒッキーともセックスしたんだろう?」  「私、あんな人としてません。それに、本当に、ヒッキーを殺したのは私じゃありません」  「まあ、そんなことはどうでもいい。その布団の上で寝るんだ」  「あなた、本当に学校の先生してたの?」  リスカちゃんは驚きを隠し得ないというよりは、呆れ果てて言ったのだ。  「ああ、してたよ。俺は女子高生を見るたびにしたくなったんだ。でも、そんなことをすればクビが飛ぶからね。でも、もういい。どうせ死ぬんだ。さあ、おとなしくそこに寝ろ」  この鬱のカミングアウトにリスカちゃんは観念してしまった。そして益々呆れ果ててしまった。  鬱先生ってこんな人だったの?と思い、言った。  「分かったわ。でも一つ教えて。ヒッキーを殺したのはあなたじゃないの?」  こんなことをする男である。その可能性は十二分にあると思ってリスカちゃんは鬱を問い詰めた。  「どうして?俺は晩飯を食ってからはずっと幻覚と一緒だった。女の子が先に風呂へ入るということになって、拒食症がヒッキーを見つけたんだ。だから、女が一番怪しい。お前か拒食症だろう?」  「あなたと幻覚も一緒になって殺せるじゃない?」  「俺達には動機がない」  「あるわ。あなたが言ってたじゃない。ヒッキーが死ぬのは怖くなったから『じゃあ、殺してやる』と言って殺したんだって」  鬱にとっては、そんなことはどうでもいいことであった。最後の最後にこのリスカちゃんの豊満な体を抱きたかったのである。  「まあ、いい。とにかく今日は俺とするんだ。それともお前は初めてか?」  この鬱の言葉にリスカちゃんはまたもや呆れてしまった。自己紹介の時に義理の父親に犯されたと言ったではないか?もう忘れたのか?  「言ったでしょ。初めてじゃないわよ。私、義理のお父さんに犯された。それから、町へ出て一回三万円で体を売ってたの。気前の良いスケベ親父なら五万も出したわよ。あなたはタダでできるのよ」  「要するに売女じゃないか。とにかくさせてもらう」  そう言って、鬱はリスカちゃんを布団の上に倒した。リスカちゃんは仰向けに倒れた。その倒れ方は「倒れた」というよりは、自ら鬱を誘っているかのようであった。  「乱暴にするのは嫌」  「わかった、わかった」  そう言って鬱はリスカちゃんに覆いかぶさった。                *  丁度その時、リスカちゃんの隣の部屋から大声が聞こえた。一人になった幻覚が叫んだのだ。その後幻覚は意味不明なことを叫び始めた。  「UFOめ、出て行け!わー。UFOが来る。俺達を殺しに来る。宇宙人があのスレを立てて俺達を呼び寄せてヒッキーも殺したんだ!誰か助けて。雨が降る、戦車がやってきて頭かち割る。死人が蘇る。あ、宇宙人め、こんな所に現れやがって!馬鹿野郎!来るな来るな!出て行け、宇宙人め!」  そう言ったかと思うと、これから「しよう」としていたリスカちゃんと鬱のいる部屋へ突然入ってきた。幻覚はパンツにTシャツというあられもない姿である。見ると鬱とリスカちゃんが抱き合っている。しかし幻覚にはそんなことどうでもよかった。  丁度、鬱がリスカちゃんの上着のボタンを外し、豊満な乳房を揉もうとしていたところだったので、二人とも驚いた。リスカちゃんはすぐに着替え、鬱も服を取り、ズボンを吐いてジッパーを上げた。  「落ちつけ、幻覚。薬は飲んだのか?」  「薬、飲んでない。死ぬつもりだったから薬は置いてきた」  「馬鹿か、お前は。UFOなんか来てないから。俺達が証人だ」 「いや、UFOは俺にしか見えないんだ。俺の部屋に宇宙人が入ってきた。みんな俺の部屋へ来てくれ。借金も拒食症も呼んでくれ」  「分かった、分かった。リスカちゃん、借金と拒食症を呼んできて」   「分かったわ」  こうして五人は幻覚の部屋へ行くことになった。  「宇宙人なんかどこにいるんだよ?な。いないだろう」  「いや、さっきまでいたんだ。本当だ」  そう言って幻覚はブルブルと震えていた。借金も拒食症も、この展開に呆れているようであった。  「幻覚、その宇宙人とやらのことについて説明してくれ」  鬱が言った。そして鬱も幻覚もその場で正座した。  勿論、そんなことを聞いても何にもならないことは分かっていたが、幻覚をなだめるためには仕方がなかったのだ。  「わかった。宇宙人が現れるようになったのは、俺が入院してからだ。元々病気を治すために入院したのに変だろう?宇宙人は三人いて蛇遣い座のα星から来たんだ。そして俺達に奇妙な命令をするようになった。『今日はカップラーメンしか食べてはいけない』とか、『お前はこの集団自殺に参加するんだ』とか、『逆立ちで東京駅まで歩け』とか」  「それでこれに参加したのか?」  「そうだ。宇宙人に逆らったら家族にまで迷惑がかかるんだ。『俺達に逆らったら両親をα星へ連行する』なんて言うんだ」  「その宇宙人はどんな格好をしている?」  「みんな宇宙服を着ている。二人は男で一人は女だ。声から分かる」  「日本語を話すのか?」  「日本語で話す時もあるし、テレパシーで頭の中に囁いてくる時もある。俺は宇宙人によって頭の中に会話装置を埋め込まれたんだ。奴らはどんな言葉でも話す」  「例えばどんな言葉だい?」  「ぴー、ぴぴ。雨が降る。アンニョンハセヨ、ズトラーストビーチェ、ハラショー。イヒビンヒトラーとか---」  「もうやめようよ、そんな下らない話」  リスカちゃんが言うと、語気も荒げに幻覚が言った。  「下らないって何だ?本当なんだ!」 「リスカちゃんにあたってどうするんだ?それから?」  「僕は一度寝ている時に宇宙人の円盤まで連れていかれた。そこで頭の中にチップを埋め込まれ、常に監視されるようになったんだ」  「そんなこともあるだろうな」  鬱は幻覚の妄想を全く否定はしていないようであった。  「いいか、幻覚。何か聞こえたり見えたりしたら『幻覚さん幻聴さんいらっしゃい』って言うんだ。いや、幻覚ではないのか。とにかく『宇宙人さんいらっしゃい』って言うんだ。追い出そうとすると余計にやってくるから」  「そうなんだ。追い出そうとすると余計にやってくるんだ。本当に厄介な連中だ」  何か鬱はこのような状況に場慣れしているようであった。  やがて物音を聞きつけた借金と拒食症もやってきた。  「こうなったら五人とも一緒に寝るか?その宇宙人とかがやってきたらみんなで応戦しよう」  借金が提案した。さすがは元自衛官だ。  「そうしましょう」  拒食症が小声で鬱の提案に同意した。リスカちゃんも頷いている。  しかし鬱は全く不満であった。これから最期のお楽しみをと思っていたところへとんだ邪魔が入ったものだと思っていた。その一方でリスカちゃんは鬱に犯されなくて安堵していた。  全員が布団を持ってくると、幻覚は布団を被って震え出した。  「UFOが来る、宇宙人に殺される。怖いよう、怖いよう、雨雨降るな、降るな。円盤が来る。UFOがそこまで来てる」  布団のミュートがかかった声で幻覚が呻いている。  「幻覚、うるさいわよ。眠れないじゃないの」  リスカちゃんが言った。  しかし、リスカちゃんに限らず、誰もが眠れるような状態ではなかった。じっちゃんは自殺するしヒッキーは殺されるし、この状況で平気で眠れる方がどうかしている。  「おい、拒食症。あんただけ殺人を疑われていないけど、最初にヒッキーを発見したのはあんただ。お前は犯人に心当たりはないのか?」  鬱が布団から亀のように上半身だけを出して拒食症に言った。  「私、お風呂へ行ったらヒッキーが死んでたの。本当よ」  「犯人探しはやめるっていう約束じゃなかったの?鬱先生」  リスカちゃんが言った。  「どっちみち俺達は死ぬんだ。ヒッキーを殺した奴は名乗り出てもいいんじゃないか?なあ、借金はどう思う?まさかあんたじゃないだろうな?」  「俺がヒッキーを殺して何になるって言うんだ?俺は知らない」  鬱は今度はリスカちゃんに尋ねる。  「リスカちゃん、本当に知らないのか?」  「知ってるわけがないじゃないの」  「でも大変なことになったなあ、このスレを立てた奴が入って来て殺したのだろうか?それともこの中に犯人がいるのだろうか?」  鬱が呟くとリスカちゃんはヒステリックに叫んだ。  「やめてよ!もうどうだっていいじゃない!」  「そうよ、どうせ死ぬんだから」  拒食症が鬱とリスカちゃんに非難の言葉を浴びせかけた。  「拒食症の言う通りだなあ。でも、ヒッキーを殺った奴が誰かは興味がある」  鬱が言った。    こうして五人はまんじりとも出来ずに一夜を過ごした。  「とにかく寝よう。借金もリスカちゃんも拒食症もいいかい」  鬱の呼びかけに対して、三人は同時に答えた。  「わかった」  「私もわかった」  「俺もわかった」  そして、夜が明けた。なぜか幻覚が一番よく眠っていた。             *  目覚ましを持って来た借金の目覚まし時計がけたたましく鳴った。しかし誰も目を覚まさなかった。みんな夜中に眠ったのだから仕方がない。一番よく眠っていた幻覚は早朝から起きていたが、他の連中が眠っていたので仕方なく布団の中で息を殺していた。目覚ましをかけていた借金に、幻覚が尋ねた。  「借金、どうして今頃起き出すんだい?」  「いや、すまない。自衛隊時代の癖なんだ」  そう。自衛隊での生活というのはパンクチュアルである。起床の合図で起き出して五分で着替えなくてはいけないのだ。そこで借金は自衛隊時代のことを話し始めた。  「朝は必ず決まった時間に起こされる。寝る時は音を立ててはいけないんだ」  「ふーん、自衛隊って大変なんだね。何か自衛隊って雨が降っていても傘をささないって聞いたけど本当ですか?」  聞きかじりの知識で幻覚は借金に尋ねた。  「ああ、本当だ。それから階段は必ず二段ずつ上がらなければいけない」  「日常生活まで訓練なんだな」  その言葉を無視して借金は話を続けた。  「ああ、それから三・一一の現場なんかへも行った。だから人が死ぬことに関しては感情が鈍麻してしまっているようだ。死体の安置所なんか何度も行ったし、炊き出しもした。自殺が成功すればみんな、三・一一の時の死体のように並べられるんだなあ」  「ここで死ぬ気だね」  「勿論さ。幻覚はどうなんだ?」  「俺は自殺しに来たんだ。でも宇宙人に殺されるのは悔しいよ。だから正直に言うと死ぬというよりは宇宙人に殺されに来たって言う方が正解かも知れない」  「宇宙人か---。俺の子供の頃のあだ名も宇宙人だった」  「どうして宇宙人なんだ?」  「変わり者だったからな。それから自衛隊では銃剣術や武術だけでなく、哲学や外国語なんかも習うんだ」  「へー、借金は何か外国語を話せるのか?」  「いや、話せない。でも英語だけじゃなくて朝鮮語や中国語やロシア語も勉強しようと思ったらできる」  「ふーん」  「それから陸自ではショベルカーや大型の免許なども取れるんだ」  借金の話を聞いていると自衛隊という所はまるでユートピアだ。そんなところをどうして辞めたのか、またなぜ借金が自衛隊に入ったのか幻覚は興味を持って聞きただした。   「どうして自衛隊に入ったんだい?それからどうして辞めたんだい?」  「実は鉄砲を撃ってみたかったんだ。それが入隊の理由。だけど訓練の厳しさについてゆけずに辞めた。出世すればある程度訓練も楽になるんだけどなあ。俺は下っ端だからそこまで期待していなかった」  「ふーん」    やがて残りの三人は昼近くになって目を覚ました。  「大丈夫か?幻覚と借金。昼飯を買いにいくぞ。幻覚と俺はいつものコンビニまで、借金はスーパーだ。金は俺が出す」  鬱が眠ぼけ眼で言った。  「わかったよ」  「わかった。俺はスーパーで肉や魚を買ってくる」  鬱と幻覚と借金が昼ごはんの材料の買い出しに行った。  三人が買い物から戻るとリスカちゃんと拒食症は台所のテーブルで静かに待っていた。二人とも物憂げな表情をしていた。  「何買ってきたの?」  「適当に野菜や魚や肉を買ってきた。醤油も切らしていたので借金君が買ってくれたよ。お金はみんな俺がもつから」  鬱が言った。  リスカちゃんと拒食症はすぐにキッチンへ入って昼ごはんを作り始めた。  魚をさばく時に拒食症がリスカちゃんに言った。  「血、血。私、血が怖い。ヒッキーの血、見てしまったもの」  「大丈夫、魚は私がさばくから」  この二人の関係は、年下のリスカちゃんが姉で、年上の拒食症が妹のようであった。  豪華な昼ごはんが並べられる。  「いただきます」  そう言ってから五人は全く無言のうちに箸を動かし始めた。異様な食事風景である。  さもありなん。じっちゃんの自殺に始まってヒッキーの殺人、そして幻覚の大騒ぎ。これでまともでいろと言う方がどうかしている。 とにかく、味もわからないまま五人は昼ごはんを食べ終わった。  「これで三日目だ。そろそろ死のうか?さあ、みんなで練炭火鉢の部屋へ行こう」  鬱が提案した。  「待って。私、ヒッキーを殺した犯人がわからないまま死にたくない」  リスカちゃんが言った。  幻覚も借金も拒食症も同意した。  「お前ら、本当に死ぬ気あるのか?」  鬱は怒りをこめて言った。ここのリーダーとして死ぬ責任を一人で負ったような言い方だった。  「何よ、偉そうに。私を犯そうとした癖に」  リスカちゃんが言うと、全員は鬱の方を振り向いた。  「鬱先生、それ本当?いやらしい。最低ー」  拒食症が言った。  「本当だよ。何か悪いか?どうせ死ぬんだろう?」  鬱は「自分は何も悪いことはしてない」とでも言いたげな言い方で言い放った。  「開き直りなんてよくないよ」  「そうだ、よくない、よくない」  幻覚と借金まで鬱を非難する。  「わかった。わかった。じゃあ、ヒッキー殺しの犯人の推理でもするか?」    こうして、また犯人探しが始まった。   「問題はヒッキーが殺された時間だね。夕食が終わってから遺書を書き終えた七時から拒食症がお風呂へ入る九時までの二時間だ。みんなどこにいたんですか?」  珍しく借金が音頭を取る。  「俺と幻覚は一緒にいた。こいつ、ぶるぶる震えながら俺に『一緒にいてくれ。UFOが来る』なんて言ってた」  鬱が答えた。  「じゃあ、私と拒食症と借金が疑われているのね」  リスカちゃんが言う。  「そうだ。その二時間の間、三人ともどこにいた?」  鬱が問い詰める。昨日はリスカちゃんを犯そうとしたのに、「可愛さ余って憎さ百倍」とはこのことか?  「私は自分の部屋」  「私も」  「俺も」  リスカちゃんと拒食症と借金は同時に言った。  「ふーん。じゃあ、三人のうち、誰かが嘘をついているわけだ。」  「私、嘘なんかつきません。信じて」  そう言ったリスカちゃんに対して鬱が絡む。  「『嘘なんかつきません』だと?昨日俺に嘘をついたじゃないか?」  「それは鬱先生が強引に私を犯そうとするからよ」  「拒食症の方はどうなんだ?」  「私も嘘なんかつきません」  「借金はどうなんだ?」  「だからヒッキーを殺して何になるって言うんだ。俺は知らない。それから俺は風呂には入らなかった」    しばしの沈黙が続いた。そして、その沈黙を破るかのように幻覚がまた騒ぎ始めた。最初は体をそわそわしていたのだが、やがて大声で叫んだ。  「宇宙人だ。宇宙人がヒッキーを殺したんだ。俺達みんな殺される。助けてー!」  「落ちつけ、幻覚。宇宙人なんかいないから」  「だから、俺にしか見えないんだ」  「うるさい!いい加減にして!真剣に考えようよ」  リスカちゃんが叫んだ。 「一応、拒食症も疑われているが、君は何か言うことはないのか?」  鬱が尋ねる。  「私、男の人を殺すような力はありません」  「そんなことはない。ナイフを首に立てたら人が死ぬことくらい君だってわかるだろう」  「もし、そうだとしても私にはヒッキーを殺す動機がないわ」  「俺にも動機がない。ヒッキーを殺したって何の得にもならないよ」  借金が言った。  「やっぱり宇宙人がやったんだ。怖いよう、怖いよう、雨雨降るな、ファントム16が来る」  幻覚の声が上ずって、ブルブル震えだした。 「いい加減にしろ!」  鬱が幻覚をたしなめた。 こんなことで「犯人」がわかるはずがない。五人はわからないまま時を過ごした。  そして静寂を破るかのように幻覚がまた暴れ始めた。  「俺達、宇宙人に殺されるんだ。嫌だよー。死にたかねえよー。わかった。お前らみんな宇宙人だろう。俺を殺すつもりなんだ。自殺なんか嘘だろう。俺を殺すために集まったんだろう。畜生、殺されてたまるか」  そう言って台所へ駆け込み、刺身包丁を持ってきたかと思ったら、拒食症をはがいじめにした。そして拒食症に包丁を突き付けて言った。  「出てこい!宇宙人!出てこないとこの女を殺すぞ」    全員の動きが止まった。このままでは拒食症は本当に幻覚に殺されてしまう。---と全員が思った瞬間に信じられないようなことが起こった。   拒食症が幻覚に一本背負いをかけて倒したのだ。みんな唖然としてこの様子を見ていた。  「拒食ちゃん、そんな技どこで覚えたんだ?」  「火事場の馬鹿力よ。私も殺されたくないもの。死ぬ時はみんな一緒よ」  ただ、鬱はこのことで拒食症に疑いの目を向け始めた。  「(この女は武道をやっている。何かは知らないが、こいつならヒッキーを殺せる)」  合気道をやって来た勘がそう言っていた。
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