その女との出会い

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その女との出会い

 体にまとわりつくような霧雨をなんとか傘で凌ぎながら、行きつけのバーに俺--村雨 誠一(むらさめ せいいち)は入った。薄暗い路地をしばらく歩かないとこのバーに入れないせいか、顔見知りに会うことも少ない。 「いつもの」  物静かな老齢のバーテンダーは微笑みながらうなずくと、俺のオーダーに答えるために準備を始めた。  そこでようやく客が俺以外にもいることに気がついた。薄紫色のシャツワンピースを上品に着こなし、ロングヘアーの髪はきれいにまとめられている。このバーの雰囲気とも良く合う。 「お待たせしました」  たいして待っていないが、そう一言言いおいてからバーテンダーはジントニックを差し出してくれた。  出されたその瞬間から味が落ちていくと言われるカクテル。俺は迷わず一口口に含んだ。ライムの苦味が心地よい。ただ作られた一杯を充分に楽しんだところで、俺はバーテンダーにおつまみとカクテルを頼んだ。  ふと女のことが気になり、横目で見るとスマホをカウンターにおいたまま目線を外さないで座っていた。  ロングカクテルを飲んでいるのか、飲むスピードはやけにゆったりだ。  ポタッ  女の涙が、カウンターに落ちた。  静かな店内なだけに、その音が俺にはやけに大きく聞こえた。  ポタッポタッ  嗚咽をこらえているのか、涙が落ちる音だけが聞こえる。  耐えきれなくなって、俺はポケットに入れていたハンカチをそっと女に渡した。 「あの、良かったら」 「ありがとうございます」  切なそうな声、涙が流れていてもなお美しい。    この瞬間、俺はこの女に恋に落ちた。
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