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一喜憂一が見た涙
一喜憂一(いちきゆういち)は哀川るいが好きだった。
同じクラスになったことはないが、儚げで温厚な彼女を遠巻きに見つめ、想いを募らせていた。
そして遂に、彼女に告白すると決意した。しかし、面と向かって告白するのは恥ずかしい。連絡先を知らないので、電話やメールでの告白も出来ない。
考えた末、手紙で想いを伝えることにした。何日、何週間、何ヶ月もかけ、今朝ようやく完成させた。
直接渡すのは勇気がいるので、いつもより早めに登校し、彼女の下駄箱へ手紙を入れた。下駄箱の中で綺麗に揃えられたスリッパは小さく、愛らしいと思った。
それから一週間が経った。哀川からは何の返事も来ない。手紙には憂一の連絡先を書いておいたが、彼女から連絡はなかった。
友人に相談すると「振られたんじゃね?」と冗談混じりに返された。
「付き合う気があるなら、すぐに連絡来るっしょ。珍しいな、憂一が振られるなんて」
「いや、まだ振られたわけじゃないから」
友人には強気に返したものの、内心は不安だった。
とうとう哀川に直接尋ねようと、昼休みに彼女のクラスへ出向いた。
「哀川、いる?」
哀川は隅の席に座り、誰かを待っていた。机の上にはコンビニで購入したらしきジャム入りのコッペパンが置いてあった。
哀川は不安そうな顔で憂一の方を振り返り、青ざめた。怯えた様子で震えている。
憂一は何故彼女がそんな顔をするのか分からず、戸惑った。
(? どうしたんだろう?)
哀川は恐る恐る立ち上がり、ソロソロと憂一の元へと歩み寄ってきた。周囲の目が気になるのか、身を縮こませ、俯く。
「あ、あの、何か用?」
哀川は憂一から視線を逸らしたまま、小声で尋ねた。どうやら他のクラスメイト達に聞かれたくないらしい。
(馬鹿だなぁ、そんなに恥ずかしがらなくたっていいのに)
憂一は哀川の心中を察した上で、周囲にも聞こえるような声量で言った。
「手紙の返事を聞きに来たんだ。俺と付き合ってくれるのかどうか」
途端に周囲がざわついた。哀川もこの世の終わりのような顔で、青ざめている。
すると哀川は目を泳がせながら、答えた。
「し、知らない。手紙なんて、もらってない」
「え?」
憂一は頭の中が真っ白になった。
記憶をたどり、手紙を入れた下駄箱の名前を思い返す。やはり哀川の下駄箱に間違いなかった。
「おかしいな……確かに、君の下駄箱に入れたと思ったんだけど」
その時、哀川のクラスメイトの男子の一人が「なにとぼけてるんだよ、哀川」と怪訝そうに彼女に言った。彼の胸ポケットには「安楽島」と刺繍されていた。
「ラブレターなら、一週間前に一喜からもらってたじゃん。ほら、下駄箱に入ってたやつ。もしかして忘れた?」
「……っ!」
彼の一言に、哀川は顔面蒼白になった。安楽島を凝視し、体を硬直させる。
やがて哀川の目には、じんわりと涙が浮かんだ。ポロポロとこぼれ、頬を伝う。
憂一は哀川の涙を見て、彼女の気持ちを察した。
友人の言う通り、哀川は憂一と付き合う気がなかった。それどころか、泣くほど憂一を嫌っているのだ、と。
「……ごめん。嫌がらせるつもりはなかったんだ。もう、忘れていいから」
「あっ……」
憂一は一方的にそう告げると、教室を飛び出した。
哀川に振られた悲しみと、彼女から知らぬ間に嫌われていたというショックとが入り混じり、虚しくなる。いつしか彼の目には涙があふれ、こぼれ出た。
憂一は人目を避けるように早足で廊下を駆け抜け、どこか人のいない場所を探して校内を彷徨った。
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