怒火萌が見た涙

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怒火萌が見た涙

 怒火萌(いかるびもえ)には好きな人がいた。  一喜憂一という、中学からずっと片想いしている男子で、高校に進学してからも一途に彼を想っていた。 「じゃ、購買行ってくるね」 「うん。行ってらっしゃい」  昼休み、萌は購買に昼食を買うため、教室を出た。  同じクラスで、萌の親友でもある哀川るいが萌に手を振り、見送る。  るいとは高校に入ってからの知り合いで、とても仲が良かった。萌は勝気、るいは内気、と正反対な性格だったが、互いの不得意な部分を補い合い、協力し合っていた。  そのため、萌はるいには何でも話していた。憂一君のことが好きだということも、当然打ち明けていた。 「私、憂一君のことが好きなの。だから、るいにも応援して欲しいな」 「いいよ。私に出来ることなら、何でもする」  るいも萌を応援すると誓い、親身になって相談に乗っていた。  購買から教室へ戻ってくると、入り口に憂一が立っていた。他クラスである憂一が萌のクラスに来ることなど、滅多にないことだった。 「えっ! 憂一君?!」  萌は舞い上がり、憂一に話しかけようとした。  しかしすぐに彼が話している相手がるいだと気づき、固まった。るいは困った様子で、目を泳がせていた。 (るい、どうしたのかしら?)  そこへ萌のクラスメイトの安楽島が現れ、「なにとぼけてるんだよ、哀川」と怪訝そうな顔で、るいに言った。 「ラブレターなら、一週間前に一喜からもらってたじゃん。ほら、下駄箱に入ってたやつ。もしかして忘れた?」 「……え?」  それを聞いた瞬間、萌の頭の中が真っ白になった。  信じたくはなかったが、当事者であるるいも顔面蒼白になり、やがて涙を流した。萌にはそれがどういう感情から来た涙なのか、分からなかった。 「……ごめん。嫌がらせるつもりはなかったんだ。もう、忘れていいから」  憂一もるいの涙を見て気が動転した様子で、踵を返す。 「あっ、憂一君!」  萌は憂一に声をかけたが、彼は萌の声に足を止めることなく、スタスタと去っていった。その目には、涙が浮かんでいた。 「ちょっと、るい! 一体、どういうことなの?!」  萌は憂一が去った後、教室の入り口で立ち尽くしていたるいを問い詰めた。  るいは萌に聞かれていると思っていなかったらしく、その場で固まり、青ざめた。 「私のことを応援するって言ってたのに、憂一君からラブレターもらってたの?! どうして私に何も言わなかったのよ?! それとも、言えない事情でもあったわけ?!」  萌はるいを問い詰め、畳み掛ける。  るいは両手で頭を抱えて「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り、涙をこぼすばかりで、何も説明しようとはしなかった。  萌にはるいのその涙が「自分を守る涙」のように見え、なお一層ムカついた。 「何でアンタが泣いてんのよ?! 泣きたいのは私の方よ! 親友だと思ってたのに、裏切るなんて! 泣けば許してもらえるとでも思ってんの?!」 「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」  萌が怒りをぶつけても、るいは謝り続けた。  萌の怒りは頂点に達し、るいの頬を平手で打った。パチンッ、と小気味いい音が教室中に響いた。 「一生許さないから」  萌はそう吐き捨てると、教室を飛び出した。  廊下にいた生徒を掻き分け、校舎から脱し、学校の敷地の外へ出て、昼間の人気のない住宅地の道路を歩く。  次第に、萌の目に涙があふれた。 「うっ、ひっぐ……」  様々な思いが交錯し、苦しくなる。  るいに裏切られた怒り、憂一に振られたショック、想っていればいつか両想いになれると根拠なく信じていたことへの後悔……もう、純粋に憂一を想うことも、るいと笑い合うことも出来ないのだと思うと、やるせなかった。  萌はとめどなくあふれ出る涙を袖で拭い、行く当てもなく街を彷徨った。
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