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哀川るいの涙③
一喜君のことは遠巻きに見てた。彼は目立つ存在だったから、意識しなくても視界に入ってきた。
萌ちゃんからも彼の話をよく聞いてた。中学の頃はサッカー部のエースで、今以上にモテていたらしい。
萌ちゃんから話を聞くうちに、全く知り合いじゃないのに知り合いのような感じがして、親近感が湧いた。それが、ラブレターという形で好意を向けられ、愛情に変わってしまった。
偶然居合わせた安楽島君から逃げるようにトイレへ駆け込み、封筒の中のラブレターを読んだ。
これで「ドッキリでした!」と書いてあれば、何も悩まずに済んだのに、手紙には真っ直ぐな言葉と、愛の告白が綴られていた。最後に彼の連絡先と思しき電話番号とメールアドレスが書かれ「返事、待ってます」とあった。
「……きっと、罰ゲームなんだ。この連絡先に連絡したら、一喜君に笑われるんだ」
私はそう言い聞かせ、手紙を処分しようとした。処分しないと、萌ちゃんに見られてしまうかもしれない。
でも、私には出来なかった。好きな人から初めてもらった、ラブレターだったから。
私は手紙を鞄の奥底へ仕舞い込み、トイレを出た。
萌ちゃんにバレないよう、なんとか誤魔化そうと思った。
でも、ラブレターをもらって一週間が経った頃に、一喜君は来てしまった。咄嗟に「もらってない」って嘘をついたけど、あっさり安楽島君がバラしてしまった。
「……ごめん。嫌がらせるつもりはなかったんだ。もう、忘れていいから」
一喜君はそう言って、教室を出ていった。
入れ違いに、萌ちゃんが教室に帰ってきた。萌ちゃんは私と一喜君のやり取りを聞いてしまったらしく、すごく怒っていた。
「私のことを応援するって言ってたのに、憂一君からラブレターもらってたの?! どうして私に何も言わなかったのよ?! それとも、言えない事情でもあったわけ?!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
私は何度も萌ちゃんに謝った。
萌ちゃんが好きになった人を好きになってしまったこと、もらったラブレターを処分できなかったこと、一喜君からの告白をハッキリ断れなかったこと……言いたいこと、言わなくちゃいけないことがいっぱいあったけど、言葉が詰まって、上手く伝えられなかった。涙ばかりがとめどなくあふれ、こぼれた。
ふいに、萌ちゃんが私の頬を叩いた。パチンッ、と鋭い音が響く。
「一生許さないから」
萌ちゃんは教室を飛び出し、走り去っていった。
萌ちゃんに叩かれた頬はビリビリと痛み、熱を帯びていた。
私は人目を避けるように俯き、頬に手を当てたまま席に戻った。口の中が、涙と血の味がした。
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