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その毛玉のことは、疲れていたからだと自分に言い訳して忘れるように努めた。
しかしその努力に反して、それに遭遇する頻度は次第に高くなっていった。
色は様々。形はまるい。
ぼんやりとしていて、近付いて見ても細部はよく分からない。
この建物内のどこにでも居る。
無機物ではない。
自力で床を転がる。ふわふわと宙に浮かぶ。
しかし、触れることはできない。
不可思議なことが起こるからといって辞めるわけにもいかない。脳や目に異常があるのかと思って無理を言い診てもらっても、何ひとつ悪いところは見当たらなかった。
それに安心したのだろうか。
しばらく様子を見て、どうやら毛玉はこちらに危害を加える気は無いようだ、と結論付けた。
数ヶ月の時が流れた。
人間の脳というものは非常に柔軟だ。
ほんの少しばかりの違和感は、無意識のうちに自作の痺れ薬に溶けてしまった。
馴れ、否、麻痺。
俺は次第にその毛玉の存在を受け入れていったのだった。
そして俺は、もう一つ知った。
それは、どうやら俺以外の人間には見えていないようだ、と。
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