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部屋付きの露天風呂から上がってきた陸の顔は、酒と温泉を堪能してすっかり赤くなっている。
操はその間、優佳に連絡をしていた。操もかつて敬と桜樹が過ごしている間、体を削られるような苦痛を味わった。1秒が永遠に感じられる中、乗り越えられたのは話し相手になってくれた陸や彼の助手の麻衣がいたからだ。相手の性格にもよるが、自分がされて助かったことはクライアントにもやった方がいいはず。
「さーてさてさて」
陸は脇のテーブルセットに座り、スマホをテーブルに置いた。
「寝ないの?」
「今からラジオやるから」
「ラジオ?」
急に何を言い出したのか、操は首を傾げる。
「今の時代って最高なんだよなぁ。なんでも好き勝手発信できるんだ。こういうのマスメディアならぬマンメディアって言うんだって」
「何を発信するの?」
「今日のこの調査のこと。リアルタイム配信しよかなって」
「えぇ!?」
ピースをした陸に仰天する。なんだ、調査のリアルタイム配信って。そんなことしていいのか。
「そんなことしていいのかって顔してんな?」
「そんなの聞いたことないよ」
「操、この業界がなんで腐ってるか分かる?」
悪徳業者の毒牙にかかりそうになった操自身、探偵業界がホワイトではないことは分かっている。だが『なぜ』なのかまではよく分からない。
「この仕事は、他人の秘密を扱うってのもあって秘匿性が高い。つまりクライアントは探偵が何をしているかなんか一切分からない。それをいいことにやりたい放題」
調査と称して何もせず費用だけを掻っ攫う探偵事務所もある。また費用を何倍にもして請求する事務所も。
「一番金がかかるのは宣伝広告費なんだけど、その皺寄せを食らうのは結局クライアントだし」
大手だからといって安心できるわけではないのがこの業界の怖いところ。大手の探偵社は検索の上位に表示させたり、アフィリエイトサイトをバンバン作る資金力があるというだけで、必ずしも質とイコールではないということは操も体験済みだ。
「いろんな悪材料の積み重ねがあって世間からの探偵へのイメージがすこぶる悪くなってしまった。クライアントはただでさえ困ってるのに、探偵探しでも警戒しないといけないってほんと酷い話だよな」
「それはそうだよね……」
「俺は広告なんか出さないから料金も格安でできる。だけど広告を出せないから、見つけてもらうのは容易くない。このラジオは俺なりの広告手段のひとつ」
つまり――広告や探偵社同士の狡い蹴落とし合い、半ば詐欺のような手口で顧客から金をむしり取るのではなく、探偵のスキルや内情を真摯にアピールすることで顧客を掴んでいく、と。
「クライアントに寄り添った真面目な探偵がここに1人はいるってこと、分かってほしいんだよね」
そう語る横顔に昔の面影が重なった。
「俺、この業界を変えるつもりだから」
この男は昔もそんなようなことを言っていた。警察官と探偵とでは異なるが、志は同じ。目の輝きは、失われていなかった。
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