4人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
目覚めたら、千載一遇のチャンス!?
夢の中で私は旅館の『美人女将』だった。この『美人女将』というのはたぶん、私の理想なのだ。
何度か繰り返し見ている夢だった。
美人で器量良し、キビキビと働き従業員に的確な指示を飛ばす。
和服をちゃちゃっと素早く着込むと、心尽くしの料理を運び、おもてなしの精神で花を生けた。
お客様に清々しい気持ちになってもらいたいという思いからの心遣いを絶えず考えている。
いつかどっかのテレビ番組で見た旅館の女将が印象深くて、心に残ったんだろうか。
夢の中の私は、とっても楽しそうに働いている――
美人かどうかは別問題として、見た目も中身も変わらないのに、夢の中の偽物の私が、本物の私は羨ましくて仕方がない。
でも、この設定が出て来た時点で、この目の前で展開される出来事は『夢』で茶番劇なのだ。
大きな旅館を切り盛りして、たくさんの従業員やお客様に慕われて。
まだ、この夢の中にいたい――
だけど私の眠りを妨げる声がする。
「……せん。……すいません」
「……っ?」
目を開けると、そこには熊のような、あのお土産物屋さんの店長さんがニコリと笑顔で立っている。
「すいません、起こしてしまって」
「あっ、いえ」
なんだろうかと訝しんでいると、店長さんは「これ、試供品なんです。食べてみてくれませんか?」と私に個装された小さなハニーカステラと書かれたお菓子を渡してきた。
「あっ、ありがとうございます」
周りにいた人たちにも配っていたみたいで、皆、包装紙を開けて食べて笑顔になっていく。
美味しいわね〜とかいった声が聞こえた。
「気持ち良く眠っていたのにごめんなさいね。……実はあなたが求人の紙をじっと見てるのを店内から見てたんです」
「えっ? 見てらしたんですか?」
むずむずと恥ずかしい気分だ。ちょっと逃げ出したくなる心持ちになる。
「はい。外の様子は案外よく見えますから」
「そ、そうなんですね」
「働きませんか?」
「えっ?」
「働きませんか? うちで」
ごつい体格だけど、優しそうな瞳の人だな。双眸は大きくて奥には誠実そうな光を感じた。
そういやこの人、小学生の時、人気があった副担任の先生に似ている。サッカーが得意だったな〜、あの先生。
どうしよう。
私は素直に販売業の経験が無いことを告げると、店長さんは笑った。
「僕ね、人をみる目があるんです。どうです? 働く前から気が早いですが、うちの仕事に慣れて続けられる様だったら正社員になってみては? ちっちゃなお店ですけれど」
「私なんて。……あのっ、鈍くさいし、お客さん相手なんて向いてないかもしれません」
「大丈夫ですよ」
ひゃ〜、どうしよう。
私は押しに弱い性格をしている。だけどこれは千載一遇のチャンスなのではっ!?
「じゃあ、とりあえずお店の中を見てもらいたいな。それから判断してみて下さいね」
「はっ、はい」
私は覚悟を決めておもむろに立ち上がり、トートバッグを肩に掛けて持ち手の紐をぎゅっと握った。
店長さんの後について、私はなぜか緊張ではなくワクワクとしながらお店に向かって歩ていた。
最初のコメントを投稿しよう!