プラトニックラブから始めよう --先輩と花火大会に行きます--

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 自分の頭上で大きな音が鳴り響いていた。先から花火が上がり始め、河川敷の川表側はびっしりと隙間のない程に人が腰を据え、その光と音に酔いしれ感嘆の声をもらす。そんな中、天端の上にびっしり並ぶ屋台の前をそそくさと歩く環の姿があった。  結局七海を横断歩道で、見失ってから、信号を渡り切ったものの、皆ともはぐれ、再度彼女を探すべく駅方向へ戻ったものの、見つからず。仕方なく河川敷に戻り、屋台の続く道を闊歩してみたのだが、やはり尋常ではない人の多さに見つかるわけもなく、ただただ、俳諧している状況であった。  だが、花火が内上がり始めたからは幾分か歩きやすくなってきたのがそれでも幸いである。が、今の状況はなんの解決にもならない。 (さてどうしたものか)  悶々する気持ちと共に体力は異様のまでに削り取られていく。先も少し露天の裏手の木の下で休んで歩き始めたはずなのだが、既に足が重い。ある程度こういった環境が影響しているのではあるとは思うが、一番は、彼女がいない事が一番の要因なのだと自分でも把握している。 大体今夜は、七海と一緒に花火を見るというのが目的であり、一人で路頭に迷う事ではないのだ。 (一体何しているんだか……)  深いため息と共に猛烈な疲労感に襲われ、周りを見渡す。すると、丁度屋台との間から石垣の簡易的あ花壇が目に入り、先客はいるものの、一番端が空いているのを見つけ、一目散にその場へ向かい腰を下ろした。  暫し魂が抜けたような無気力状態に陥るものの、我に返ったように袖の袂から携帯を取り出し画面を確認する。しかし、そこには電波が圏外と未だに出ている。人が密集しているせいで、携帯電波もパンクし、繋がらない状態が続いており、未だに改善されていないらしい。思わず再び嘆息を漏らす。その時だった。 「あのーー」  それが自分にむけられてるとは気づかず返事をせぬまま暫し時が経つ。すると、再び声と同時に肩をつつかれ、そちらの方に慌てて視線を送ると、先客として座っていた浴衣姿の女子が笑みを浮かべた。 「やっぱりそうだ。風紀委員の人ですよね」  いきなりの話のふりに面食らう彼を余所に尚もその女子は話を続ける。 「私、同じ学校で、生徒会の役員やってるんですけどわかりますか?」  その問いに頭を傾げる環。彼女はその姿に『そうですよね』と付け加えつつ話を進める。 「私、二年の小東天音って言います。書記をやらせてもらってるんですけど、三年の乾風紀委員長と時たま役員会出てたりしてましたよね」 「あ、ああ」 「やっぱりそうだーー こんな所で同じ学校の人と出くわすなんて凄い偶然ですよね」  すると、手にしていた携帯をみるや彼女もため息をつく。 「携帯繋がらないですよね。私も友達とはぐれた上、草履の鼻緒が切れてその拍子に足くじいたりしてしまって。楽しみにしていたのに散々です」  むくれ顔を浮かべながら残念さを滲ませる中、環は切れた鼻緒を見つめると、いきなり、天音の顔にフォーカスを移す。 「少し歩ける?」 「多分…… 少しは」 「わかった」  そう言うと、彼は立ち上がり自分の肩を叩く。 「確かこの先に本部と救護テントあったから」 「あ、あの……」  それに一瞬面食らう彼女には気にもせず、環は話を続ける。 「適切な処置してもらったほうが良い」  すると、再度肩に捕まるように再度叩いてみせると、それを察した天音はゆっくりと立ち上がり、肩に手を置くとゆっくりと歩き出した。 「す、すいません」 「別に気にしないで良い」 「はあ、はい……」  背後から戸惑いを感じる返答が返ってくるも、それは承知の上である。流石に自分でもこんな行動を起こすつもりは毛頭なかった。  偶然にも同じ学校で自分を知っていただけではあって出過ぎた事をするつもりはなかったものの、怪我をしている人をそのままにしておく、しかも同じ学校の生徒となると、とりあえず学年も自分が上であり風紀委員として知られている以上後味が悪いというものある。  だが一番はここで自分が、怪我をしている人を置いていった事を七海が知ったらどんな思いをするだろうか。少なからずとも彼女はきっと手をさしのべるであろう。以前の自分にしてくれたように笑顔で。それにやっとここまで彼女との関係を構築してきたというのに、自分のちょっとした行いで幻滅され七海が自分から離れていくとはとてつもなく悲しく辛い。 (そんな事には絶対しない)  環はその一心で前を向き、ゆっくりと歩くこと数分、救護テントへとたどり着いた。 「ありがとうございます!! 助かりました」 「別に、気にしなくていい」  椅子に座りながら手当を施されながら、天音は頭上にある環の顔を見た。が、彼は遠くの景色を伺うように、人並みをじっとみている。 「あのーー 友達さんは……」 「多分無理」 「うんーー そうですよね。私も会える感じがしないです。それでも約束した場所にもう一度行ってみようなーー」 「約束の…… 場所……」  彼女の言葉をゆっくりと復唱した彼は一瞬何かを思いついたように表情を浮かべると座っている天音に視線を送る。 「ありがとう」 「えっ」 「いや、俺は行くけど良い?」 「あっはい。ありがとうございました」  その声と共に頭を下げる彼女を一瞥すると、彼は足早にその場を去りつつ、露天並ぶ道を華やかな花見には目もくれず、駅の方へと向かうのであった。 「おねーちゃんありがとう」  子供が手を振るのをみて、自然と自分も手を振って笑顔を作るも、子供が見えなくなった所で、振っていた手が力なく下に下ろされると同時に、浮かない表情へと豹変すると、ため息と同時肩を落とす七海の姿があった。  駅についてほぼ直ぐにアクシデントにより、皆とはぐれ、それから急いで、信号を渡りなおした所で皆と合流出来ず、暫し俳諧したものの、この群衆の中、会えるわけもなく途方に暮れている最中、先程の子供が迷子になったようで、泣いていたのだ。  流石にそのままにしておくわけにもいかず、駅前の交番に子供を連れて行き、親が来るまで一緒に遊んでいたというのが、今までの出来事である。 (私何しに来たか解らないじゃない……)  あんな所で弾き出されば今頃は皆といや、環先輩と花火を見れたというのに。不可抗力だったとはいえ、言えることなら恨み節を言いたいとこだが、ぐっと堪えつつ、携帯を取り出す。案の定電波は圏外のまま。 「携帯じゃなくて不携帯だよ!!」  思わず小言をほざいてしまったが、ここに居ても埒があかないのはわかっている。そうなれば、半ば賭ではあるが、それでも今よりは会える可能性の高い場所に関しては心当たりはあった。 (こうなったら原点回帰しかないか)  七海は駅の改札口へとゆっくりと歩き出す。切にあの場所に彼等いや彼がいる事を願いながら。  知らず知らずのうちに河川敷を小走りで駆け抜けていた。身体にへばりつく蒸し暑さも、周りの雑音さえも耳には届いていない。ただただ、あの場所、七海との初めの約束の場所へ向かう為に。  日頃の運動不足が祟り、かなり息が上がり思わずせき込み、足が止まりかかるも、それでも前へと進む。どうかあの場所に彼女が居ますようにと願いながら。  その思いで突き動き続けた彼はようやく、いつもの場所でもある河川敷場所にたどりつく。そしてすぐさま辺りを見渡した。辺りは街頭はないものの、満月のせいか広々とみわたせる。が、人影はなかった。ただ自分の体と頭を冷やすかのように涼しい風が吹き渡っているだけ。 (いないん…… だな……)  悔しさがこみ上げる中、自分の片手を見つめ強く握る。あの時手を取っていれば。繋いでいればこんな事にはならなかったのだと。ただただ不甲斐なさすぎる自分に奥歯を食いしばる。 (七海……) 「どこに居るんだ?」  無意識で呟き、拳を自分の額に押し当てた。その時自分の顔を掠めていた風の方向が一瞬変わった感覚を覚えたかと思うと、パタパタと草履の音と共に、息を軽くきらす人影を察するやいなや、予想だにもせず自分の名前が呼ばれる。それは聞き覚えのある声に、慌ててその声の主の方へと顔をむけた。すると目の前に七海が立っていたのだ。 「先輩いた!! ここに戻ってきて正解でした!! 本当にあの時はどうなることかと思いましたよ!!」  そう言いつつ、上がる呼吸を落ち着かせるようにゆっくりと息をしながらこちらへと近寄る。 「それにしても予想してましたけど、凄い人でしたね」  笑みを浮かべながら話す彼女に対し、明らかに悔いる表情を見せる彼に再度環の名前を呼ぶ。すると、暫しの沈黙の後だった。 「ごめん」  苦々しさが伝わる声が彼女の耳届く。すると、七海は頭を左右に振るも、環は再度同じ言葉を発する。 「良いんですよ先輩。あれは不可抗力ですから、環先輩が責任感じることありませんよ。それに……」  そう言うと、彼女は少し照れたような仕草をし、環の浴衣の袂を掴む。 「こうやって会えたんだから良いんです」 「七海……」  慌てて、照れ隠しで笑いながら、環を見ると、顔がほころび彼女を見つめていた。七海もその視線に答えるように彼を見ると、環はゆっくり片手を上げると七海の頬に触れた。 「環…… 先輩……」  いきなりの事で、驚きと照れを隠せない彼女との間に熱を帯びた空気が漂う最中、その世界を一変するかのように数人の声が耳に届き、名残惜しそうに環は手を下ろすと、同時に二人に気づいた集団から一斉に声が上がる。 「七海ーー 心配したよ」 「栞ごめんね」 「でも会えて良かったわよ二人に」 「美和ーー」 「本当だよ。七海と繰崎先輩が信号渡りきったらいないんだもん!! でも二人で見れて良かったね」 「はははは。栞実は、私も横断歩道で先輩とはぐれて一緒には見ていなくて」 「はぁあ? そうなんですか先輩」  友人二人が一斉に彼の方に視線を送る。 「ああ」 「あちゃー」 「はあああ」 「美和、栞まあまあ」  落胆の声を上げる女子二人。その最中、男二人がゆっくりと闊歩しつつ近づく。 「二人共やはりここだったか。ある程度は予想はしていたがな」 「乾先輩すいません。はぐれてしまって」 「気にするな加賀野。あの人では遅かれ早かれ何がしらのトラブルは起きる。それにあの状況だゆっくり花火など見物できんだろう。そこでだ。高峯!!」 「じゃーん!! 乾先輩からでーす」  その言葉と共に省吾が自分の背後に回していた両手を前へと出と、大量の花火とバケツが目の前へとお披露目されたのだ。 「凄い量ですね乾先輩」 「そうだろう、そうだろう加賀野。あちらの花火に負けてられんからな」 「はあ……」 「何か問題でもあるか高峯」 「お門違いも甚だしい」 「何を言っている環!! 大小の大きさはあるが、花火は花火だぞ。それにせっかくこうやって集まったのだ。見れないのなら自分達で上げて堪能した方が良かろう!! よし後輩よ始めるぞ!!」  その号令に四人は河川敷を楽しそうに駆け下りて行く。 「まあ。ある意味結果オーライみたいな感じですね環先輩」 「はーあ」  やれやれといった雰囲気のため息をつく彼にクスリと笑みをこぼし、七海も下へと向かおうと足を一歩出そうした時、いきなり環に手首を握られたかと思いきやスルリと手の平まで滑べらせ、強く手を握りしめた。 「せっ」 「見えない」  視線を彼等に向けたまま、環はゆっくりと七海の指と指との間に自分の指を絡める。 「今日はこれで我慢する」 「先輩っ……」  すると二人は顔を見合わせると笑みが溢れた。そんな姿を目にした集団が二人に声をかける。 「二人の世界の所悪いけど早くおいでよーー」 「本当ーー」 「そうだそうだ!! 女友達もそう言ってるぞ!!」 「高峯!! あそこに居る二人にあわせてなんて居られん!! 準備は出来ているのだ。堤防上で突っ立ている二人を強制連行して来い!!」 「わ、わかりました!! 今から行きます!! 環先輩行きましょう」  そう言うと、彼女は絡めた手を引っ張り歩き出す。二つ先の花火大会は尚も続き音だけが風にのり微かに耳に届く最中、彼もまた彼女に合わせるようにゆっくりと足を進める。新たな花火会場へと向かって……
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