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Side 蒼依
ごちゃごちゃしてるのは好きじゃない。派手な色も苦手だ。そして、まばゆい光も。
泉蒼依は雨に濡れた自転車を押しながら自宅へと向かっていた。ハンドルや前カゴから雫がポトポトと落ちて、まるで自転車から雨が降っているようだ。
グリップを持つ手も、サドルに触れる制服も濡れはしたが、少しも不快に感じない。息吹の家で、蒼依は欲しいものを手に入れたから。
***
「やっぱり」「会ったことあるよね、私達」「あの時はありがとう」
さっきまで過ごしていた友人の遠藤息吹の家で、中学生の時に出会った名前も知らないカメラ好きの女の子──息吹の姉である茜音に再会した。
もちろん、仕組んだことではある。
高校に入学してから少し経った頃、学校内の記念撮影や広報物を担う写真部の中に「彼女」の姿を見つけた。
ただ、学校は男子校だった為、あれは男だったのか、と思うのと同時に「彼」の撮影した写真に、そして、撮影に没頭する「彼」自身にも興味が湧いて、気づけば両方に視線が流れるようになっていた。
遠藤息吹は蒼依の周囲にいる誰とも違っている。もの静かで目立たない、いつも下を向いているような生徒。きっと蒼依も、二年前に茜音に出会わなければ息吹の存在を気に留めなかっただろう。
対して蒼依は持って生まれた華やかさと男らしい体格があり、スポーツができて頭もいい。いつどのステージにおいても賑やかな集団の中に存在してきた。
けれどそれは蒼依の本意ではない。
外見は別として、スポーツも勉強も、息が詰まるくらいに努力をしている結果だ。そして、その努力は決して自身の為じゃない。
「努力しなさい。まだやれるはずだ」
「これくらい、簡単にできなければ」
「常に人の注目を浴びる人間でいなさい」
──煩い。煩い。煩い。
「蒼依はなんでも楽々できていいよな」
「持ってるやつは違うよな」
「さすが俺達の蒼依」
──煩い。煩い。煩い。
周囲からの期待に押しつぶされそうな日々の中、目立たないゆえに独自の世界の中で何色にも染まらず、ひたすらに空を仰ぐ息吹の自然体の姿は、いつしか蒼依のさやぐ心を落ち着かせるようになっていた。
だから。
息吹が欲しい、そう思った。
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