エピローグ

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「…んっ、ぁ…っ、あぁ…っ、」 組み敷くように向かい合って身体を繋げた秋汰を優しく見下ろしながら、冬志郎は汗で額に張り付いた秋汰の前髪をそっと鋤いてやった。 …目を閉じて快感に身を委ねる秋汰は何を想っているのだろう。 ―『夏希、夏希っ…』 こうして身体を繋げている時に、秋汰が彼の名を呼んでいたあの日を思い出し、身体を揺らす冬志郎の表情に微かな陰が差した。 もちろん、全て分かった上で秋汰を愛すると決めた気持ちに一切の曇りはない。 歪んでしまうほどに彼に恋をしていた秋汰の想いが、そう簡単に自分に向くはずがないことも全て承知で、承知の上で、秋汰の傍にいると決めたのだ。 …それでも人間とは身勝手なもので、想いが募れば募るほどに相手の想いも欲しくなる。 こんな風に、本能的に繋がっている時も、近頃はそうではない時も、秋汰の想いが今どこに向いているのか―。 微かな不安すら感じている自分に、いつも思わず自嘲的な笑みが溢れたものだった。 「…冬志郎さん…?」 ふいに名を呼ばれ、冬志郎は我に返る。 動きを緩めて視線を落とせば、心配そうな顔で自分を見つめる秋汰の瞳と目が合った。 「どうしたの?」 「いや…。」 それでも構わない、と秋汰に条件を付けたのは自分だ。 秋汰を失うくらいなら、彼が誰を想っていても、と―。 心配そうな秋汰の瞳の向こうに、見えているのは誰の面影なのだろう。 「…ごめんね、あんまり良くない?俺も久しぶりだから、上手く出来ないのかな。…態勢変えよっか、」 そう言って身体を起こそうとする秋汰を冬志郎はぎゅ、と抱き締めた。 「違うよ、そうじゃないんだ。…秋汰の中は温かくていつも気持ちいいよ。」 「…ん…っ、…でも、なんだか凄く、淋しそうな顔、してる…っ」 身体を密着させ、より奥深くを突けば、秋汰の身体が反応しているのが手に取るようにわかる。 このまま身体の境界線まで失って、1つに溶けてしまえればいいのに。 そんな気持ちで、冬志郎は秋汰の唇を塞いだ。 「ぁ…っ、あ…ん…っ、」 甘く甘く脳まで痺れさせていくようなフェロモンの香りと共に、秋汰の甘い声が上がる。 独り占め、したい。 彼を。 自分だけのものに―…。 そんな想いが浮かんでは消えていく。 それでも、今はこうして彼と繋がることだけに集中するよりなかった。 「…どうして顔を隠すの?」 腰の動きを進めながら、冬志郎が秋汰の髪をそっと撫でる。 秋汰は両手の甲で自分の顔を隠すように覆っていた。 「ん…っ、多分、俺今ちょっと見せられない顔、してるから…っ、」 「…どうして?」 そう言って冬志郎は秋汰の手をほどくようにそっと顔から持ち上げた。 身体を繋げていることで力が抜けている秋汰の両腕は殆ど抵抗することなく持ち上がり、その美しい面差しが覗く。 「どんな顔だって、俺に見せて欲しいって言ったはずだよ。」 「や…、駄目…っ、」 額に口づけようとした冬志郎はそこにあった秋汰の表情に思わず息を飲んだ。 頬は薄桃色に紅潮し、瞳は潤んでいる。 まるで初めて身体を重ねる少女かのようなそんな儚い表情に、目を奪われた。 今まで何度も身体を重ねてきたが、秋汰のこんな表情は初めて見る。 「ごめん…。自分が愛されてるって思いながら誰かに抱かれるのって初めてで…。なんだか、胸が熱くて…。」 「…っ」 「不思議だね。やってることは変わらないのに、何だか凄く冬志郎さんのことを感じてしまって…。涙まで出てくるんだ。」 そう言って秋汰は自分の涙を拭った冬志郎の頬に伸ばす。 「変でしょ、俺。…だから、恥ずかしくて。」 そう言って困ったような笑顔を見せた。 あぁ、頭の中が甘く痺れる。 秋汰と触れ合う部分全てから愛が溢れていく。 ラットなんかじゃない。 ラットよりもっともっと激しくて熱い、これは――… 「…っ!?…あぁっ…!!」 突然角度を変えて激しくなった抽挿に、秋汰から一層高く甘い声が上がった。 背を仰け反らせながら甘く喘ぐ秋汰を、冬志郎は止めどなく貫いていく。 身体の奥からある衝動が沸き上がる。 秋汰が愛しい。 愛しくて、仕方ない― 「秋汰…っ」 「…んっ、あぁ…んっ」 「噛みたい。秋汰。愛しいんだ。愛しすぎて、今すぐ秋汰が欲しい…っ」 「ん…っ、そんなの…もう全部冬志郎さんにあげるから…っ、噛んで、冬志郎さん…っ」 「秋汰…、っ」 「…っあ…!!」 ガリっという音が響きそうなくらい、深く深く、冬志郎の歯が秋汰のうなじに食い込んでいた。 熱いくらいの痛みがそこに広がる。 番…。俺の、番―…。 はぁ…と息を吐き、互いを見つめ合う。 「噛んだよ、秋汰。」 「…うん…。」 番になったんだね、俺たち。 そう言って秋汰が涙混じりの笑顔を向ける。 その涙ごと拭うように冬志郎が目尻に口づけた。 ちゅ、ちゅ、と頬、顎先へと唇を下ろしながら、もう一度うっすらと血が滲むうなじに唇を落とす。 「冬志郎さん…、」 そう自分の名を呼ぶ秋汰の瞳には、確かに自分の姿が移っていて―… ありがとう、そう言いかけた彼の唇を言葉ごと閉じ込めるように。 冬志郎はもう一度、唇を重ねた。
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